2011年6月アーカイブ



 いま関東では、情報感度の高い人びとを中心に、巨大な意識革命が起こりつつあります。もちろん福島の原発災害がその大きな原因です。
 遠隔地に危険な施設を押しつけ、情報を遮断し、「絶対に安全だ」とくりかえす。しかし自分たちがそこにとどまり、リスクを共有することは絶対にない。そうした政府・学者・大マスコミの姿勢は、米軍基地問題とまったく同じ構造にもとづいています。そして詳しくは本書に譲りますが、実は「沖縄=米軍基地問題は原因」で、「福島=原発災害はその巨大な結果」なのです。米軍基地問題をきっかけとして、日本は憲法が機能しない国になってしまったからです。
 いま、福島や関東一帯で危機感をもち、自分の手でわが子を守ろうと立ち上がったお母さんたちや、一般市民の人びと。その巨大なうねりが、やがて沖縄に目を向け、そこに60年以上前からいまの自分たちと同じ構造のもとで苦しんできた人びとの姿を見出し、そこに問題の真の原因があることに気づいたとき、時代は、そして日本という国は、大きく変わっていくのだと思います。
 反米軍基地運動と反原発運動は、やがて必ず手を結ぶ。そして新しい時代の扉を開くのだと思います。

書籍情報社 矢部宏治


本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知ってること 沖縄・米軍基地観光ガイド

[2011年6月/四六判/351頁/¥1,300+65] 監=前泊博盛 写真=須田慎太郎 文=矢部宏治 発行=書籍情報社



 JR高円寺駅。南口を出て中野方面のガード下を2分ほど歩いたところに、突如昭和の薫り漂う飲み屋通りが出現します。その通りの片隅にまんま みじんこ洞という店があります。看板にはロールキャベツや里芋のコロッケ、豚肉の角煮などの文字。どこにでもありそうな家庭料理店です。しかし模索舎月報に寄稿させていただくには、ただの飲食店ではいけません。…そう、ここは月に一度ミニコミ・フリペ好きが集う店なのです。
その月一イベントであるミニコミ会では、各自持参のフリペ・ミニコミの紹介・配布・販売を行っています。普段はコソコソと一人または少人数で作っていると思われる制作物の編集・印刷・製本・販売秘話などを飲んだり食べたりしながらみんなで語り合っています。そしてときにはトークライブや朗読、ボードゲーム大会、シール交換会、弾き語りライブ、テーブルマジックなど、面白そうであればミニコミに関係のないことも行っています。
  ちなみに7月3日(日)は一日でフリペを作るワークショップを予定しています。このイベントはミニコミ・フリペの制作者ではなくても興味のある方はどなたでも無料で参加できる、かなりユルくて自由な会なのでぜひお気軽にお越しください。(※飲食店なので要オーダーとなります)

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(写真:みじんこ洞店内・トークライブ・弾き語りライブ)

  さてさて、これを機にこっそり私のミニコミもご紹介させていただきます。タイトルは『MINORITY』。私がミニコミの楽しさを知ったのはこの本を作りはじめたのがきっかけでした。今年でなんと8号目です。元来グウタラなため、年に一度しか発行しておらず、しかも新刊は二年ぶり…。そんなダメダメ編集人ですが、素敵な作家さんのお陰で読み応え抜群の作品がぎっしりと詰まっていますのでどうぞよろしくお願いします。模索舎にて発売中!!
文/みじんこ洞  辺見塵子

まんま みじんこ洞サイト
http://mijincodou.jimdo.com/
みにこみ洞サイト(ミニコミ会についてはこちらをどうぞ)
http://minicomi.jimdo.com/

minority(マイノリティ)8

[2011年6月/B6変形/92頁/¥500] 編=みじんこ 発行=マイノリティ編集室

『どくろく臨時増刊号』発行によせて



 『どくろく臨時増刊号 ひとり震災不安定日記』は、その名の通り「東日本大震災」と「福島第一原発事故」でグラングランになった自分の精神状態と人間関係を一ヵ月半に渡って綴った「チラシの裏」的な本である。普通、そういったチラシの裏は時が経てば破棄するものだろうし、人目に晒したり、ましてや印刷して本にするなど気狂い沙汰なのかもしれないが、今の日本の状況そのものが気狂いじみているし、冴えない庶民が関東大震災や太平洋戦争の真っ只中で書いたチラシの裏だったら私も読んでみたい気がしたので、ただちに刊行した次第だ。
 
 でも、もし震災と原発事故だけをテーマにするつもりだったら、私はこの号を作らなかったと思う。この震災がきっかけで、私は長年来の大切だった友人を失うかどうかという事態に陥っており、それを何とかしたくて、他に方法が思いつかなくて、この本を出した。一般的な対処法としてはむちゃくちゃだろうが、自分にはこれしかなかったのだ。
 
 3月11日から三ヶ月以上経った。私はいまだに日常でスカートやヒールの靴をはけないでいる(もともとあんまりそういう格好はしなかったが)。福島の異常な状態にチューニングが合っている限り、元に戻るのは難しいだろう。
 週末に予定が無かったり、現実問題として身近に感じられる孤独死など、世間一般から言ったら「短調」そのものなありさまに焦点を絞って作ってきたのが「独身者による独身者のためのろくでもないミニコミ」である『どくろく』だったのだが、今回の福島の短調さ加減は、規模が違う。個人の生活レベルを超え、いつまで続くのか分からない短調だ。もともと短調に反応しやすい私のアンテナは否応無く福島に向いてしまい、それがこれからもずっと続くのだと思う。
 
30数年生きてきたが、あの日を境に自分の人生が「B.S.(ビフォア震災)」と「A.F.(アフター福島)」に分断されるとは思ってもみなかった。厳密に言えば、引き合いに出されるのは福島ではなく、東電による原発事故なのだが、「福島」という単語は、もうどうしようもなく私のどこかに焼きついてしまったようなところがあるのだ。

 スカートがはけない日々は、その分、やりたいことや、やらなければならないことに向かう時間として費やしたいと思う。いい加減な私のことだから、そのうち適当にスカートなりムームーなり着始めるだろう。

 まったく話は飛ぶが、この本の原稿を入稿した6月頭くらいから『魔法少女まどか☆マギカ』をネットで見まくっている。友だちの少ない人を本気にさせると、ありえないくらい頑張っちゃうもんなんだよね…、という点で嘆息をつきながら見返しているのだが、最近のアニメのクオリティには驚愕を禁じえない。

 あと、今さらながら一つ言い訳をしておきたいのですが、日記の中で私が加熱用マグロを刺身として食すくだり、普段はあんなこと滅多にしないですから!あの時はたまたまほんとに鮮度の良いマグロのアラが手に入ったからで、武蔵野ヘルスセンターでは魚屋の片隅に追いやられたあのドス赤い魚肉の塊を、いつも生で食べているとは思わないでください!…えー…これだけはどっかで釈明しておきたかったもので…。
 
…と、それが締めくくりかよ!みたいな自薦文ですが、震災で人間関係が破綻してしまったり、原発に対する周りの人との温度差にヤキモキしている方に本書を手にとっていただければ幸いです。
また、武蔵野ヘルスセンターでは、次号『親を亡くした独身者』特集の準備に入っておりますので、独身で親を亡くしてまいっている方がいらっしゃいましたら、アンケート(簡単なものです)にご協力いただければありがたく存じます。ぜひdokuroku969※アットマーク※yahoo.co.jp(※アットマーク※を@に変えてください)までご連絡いただけますようお願い申し上げます!

震災から一ヵ月半の間で感じたことや言いたかったことは、この一冊にぶち込みました。消化不良で生モノ感満載の今号ですが、どうかこれからも武蔵野ヘルスセンターならびに『どくろく』(あと『週刊車窓』も)をよろしくお願いいたします!

武蔵野ヘルスセンター あらみ
 




 大学生だった頃は、かなり堅苦しく〈純文学〉というものを考えていた。ちょうど笙野頼子が〈純文学論争〉で孤軍奮闘していた時期で、好きな作家は多和田葉子、町田康、中上健次、古井由吉であり、古いところでは吉行淳之介、堀辰雄、牧野信一、坂口安吾である。おまけに、卒業論文では芥川龍之介の最晩年を扱ったものだから、なかなかの筋金入りだ。そんな話をバイト先の塾でしたら、先輩の国語講師から、「最後の文学青年の生き残りだ」と笑われた。そして、当時入っていた文芸サークルが、上智大学紀尾井文学会である。私は、サークル同人誌の編集長という立場を、2年ほど引き受けていた。
 それから10年が経った。当時の会員たちを集め、OB会の会誌という形でまた同人誌を作ろうということになり、ふたたび編集長という役職を頂いた。それが、困った。なにしろ、論文をちらほら書くようになった今の専門は明治20年代の文学と、ライトノベル・アニメーションを中心とした現代のサブカルチャーなのである。
 明治文学というと、どうも、夏目漱石や森鴎外、坪内逍遙といった人たちがクソ真面目に文学を考えており、それが原因で日本文学がツマラナイになってしまった……というのが、一般的なイメージらしい。たしかにある部分ではそうとも言えるのだが、大抵の場合、その実態は真逆である。すなわち、物語の構成は滅茶苦茶、内容はやりたい放題で、美少女が出てこなければ許されない……そんなまさしくラノベのような世界が、少なからぬ明治文学なのである。大学院に進学し、芥川はもっと溯らなければ扱えないと考えた結果、思いも寄らなかった世界に叩き込まれたのだ。
 そういうところで遊んでいたのだから、ラノベやアニメで論文を書いてみないかと誘われたとき、まったく抵抗感がなかったというのも当然のことだった。むしろ、下らないものとして位置付けられてきた作品群を大真面目に論じることができなければ、純文学を頂点とする文学イデオロギーと、あたかも純文学が中心であるかのように紡ぎ出された従来の妄想じみた近代文学史を、対象化することはできないと考えるようになった。
 そんなわけで私には、学生時代のように同人誌を作ることを期待されても、もはやかつてのように〈純文学〉を扱うことができなくなっていたのである。だから、新たに紀尾井文学会OB会の同人誌を作るにあたり、本のコンセプトをどうするかについて、かなり真剣に考え直さなくてはならなくなった。
 けれども、今の自分が持っている思考の枠組みから離れることは、簡単ではない。それならいっそ、その問題意識を突き詰めたところで、いつも論文として書いているものよりも自由に表現してみよう。そう考えた末、思いついた言葉が「ポリフォニー」である。
 ミハエル・バフチンは『ドストエフスキーの詩学』(望月哲男・鈴木淳一訳、筑摩書房、1995年)のなかで、「ポリフォニー」を、ある主体によって紡ぎだされる言説が、他者の言説によって浸透されていくという、言説編成における自己と他者との関係性の問題として捉えた。たしかに現代においては、たとえば純文学が詩や哲学といった旧来のジャンルだけではなく、戯曲やテレビドラマ、映画、キャラクター小説といった多様なジャンルと少なからず接続している。このことに端的に示されるように、現代における表現行為は、常に他者による言説(声)とどのように向きあうかという問題を常に含んでいるのであり、一つのジャンルにしばられるのではなく、複数のジャンルを越境していくことでおこなわれているのである。文学がこのような状況にある現在において必要なのは、たとえば小説であれば、純文学、エンタテインメント小説、さらにはライトノベルまで、次々にジャンルを越境していくような作品と、それを載せることができる媒体であろう。そういう場を作り出してこそ、私たちの「いま・ここ」にある文学を模索することができるのではないか。またそうすることではじめて、旧来の文学において特権化されてきた〈純文学〉というジャンルを、もう一度捕捉しなおすことができるのではないか。
 上智大学紀尾井文学会OB会会誌『Polyphony』は、このような問題意識のもと、半年に一回を目処に刊行していく予定である。表紙の絵にひるまず、手に取っていただければ幸いである。

(上智大学紀尾井文学会OB会・編集長 大橋崇行) 

Polyphony(ポリフォニー) 創刊号

目次:〈詩7篇〉犬のような男 アルファベティカル・オーダー エシュア 拾う 猫人の国 生きる 帰りに知らない道を歩いたら =公野祐也/〈小説〉魔術少女(おとめ)あやね=大橋崇行/〈小説〉カインド・オブ・ブルー=辻本紫苑/〈短編小説3篇〉いばらの褥 ローズ、バイオレット、マーガレット オン・ザ・ワインディングロード =久保藍星/〈コラム〉寄る辺なき暗夜、いくらかのカレーとともに=埃っぽくて青い猫/〈エッセイ〉大橋崇行のラノベ道 出張版/原稿募集のお知らせ
[2011年6月/A5/120頁/¥500] 編=大橋崇行 発行=紀尾井文学会OB会

反逆の手芸



半年ほど前から、手芸作品やミニコミを制作し、都内の雑貨屋やラディカル・ショップに置いてもらうようになった。先日模索舎に納めた「オリオン座から来たロボット −物語と作り方−」と「会社で働くペンギン −物語と作り方−」も、その中のものだ。どちらも、前半はユーモラスなキャラクターが繰り広げるショート・ストーリー/絵本、後半はそれぞれのキャラクターをモチーフにした雑貨の作り方の詳述、さらに巻末には型紙を添付してある。イラストも多く、ぱらっと眺めた分には、いわゆる“カワイイ”キャラクター・ブックである。しかし、少し中を読んでみれば、作品中には現代社会へ向けた鋭い毒が染み込んでいることに気付くだろう。
 いま、街にはたくさんの物があふれている。洋服、アクセサリー、玩具、通信機器…。たくさんの物が街を彩り、次の季節を待たずしてニュー・モデルへと移し換えられ、廃棄されてゆく。そうした煌びやかな店頭で売られている商品には、グローバル資本のもと日本を含めたアジア諸国で低賃金、過重労働、健康被害など、労働者を様々なリスクにさらしながら製造されているものも多い。華やかな現代生活をおくる消費者にとって、商品の背後にいる生産者の存在はあまりにも遠く、彼ら/彼女らの暮らしなど知るわけもなく、気まぐれに商品を使い捨ててゆくのである。製造工場の労働者たちが割り当てられるのは、主に単純・反復作業だが、有名ブランドのデザイナーが出入りするセレブリティな世界と生産現場の実態が如実に非対称を示しているように、商品の企画・販売部門に対し、生産部門はあまりにも不均衡な対価しか得られない仕組みになっている。これは、現代人にとって自分の手作業で何かを作り出すことが、価値の低い行為になりつつあると読み変えることもできるだろう。
 拙作は、そんな経済システムへの反逆だ。中身のないものを大量に生産し、生半可に消費し、廃棄してゆく社会は貧しい。人が使い捨てないのは、自分が手間をかけて作ったもの、大切な人が作ってくれたもの、それから思い出やメッセージの詰まったものである。このミニコミたちは、矢継ぎ早に新商品を押しつけてくる資本主義を尻目に、手芸作品に込められた物語を共有し、物を作ること、使うことの意味を問い直す挑戦だ。日本では、手芸というと「女性のおしとやかな趣味」というイメージが強いけれど、本来手工芸は生活に密着した営みであるし、自分の欲しい物は自分のセンスで作ってやろうという思想はロックだ。もちろん、人には向き不向きがあるから押し付けはしないけれど、手芸が苦手な人も、この本を読めばものを作る楽しさがいくらか伝わるだろう。そして、形骸的な付加価値が盛りつけられた物ばかりこんなにいらないこと、普段自分が使っている日用品の後ろにも作ってくれた人たちの物語が広がっていること、色々なことに気づくだろう。
 すでに、途上国の生産者たちに公正な対価を支払おうというフェアトレードの取り組みは世界的に広まりつつあり、日本でも少しずつ始まっている。日本のアマチュア手芸作家やほかアーティストも、見かたを変えれば手工芸品の小規模生産者と呼べるだろう。人々が互いの生活を対等な立場から支えあう経済がひろがり、他の国々の生産者たちへの連帯にもつながっていくと良いと思う。巨大資本によって市場が閉ざされているなかでは長い道のりになるだろう。その中では何らかの明るさがなければやっていけない。だから作品中では、キャラクターたちにブラック・ユーモアで社会を語らせよう。
 毎晩、そんなことを考えながら文字を打ち、絵を描き、針をすべらす。いつしか部屋には朝日が入り込んでいる。眠気を紛らわしながら身支度をして、今日も日本の小規模生産者は、あてのない毎日に出かけるのだった。

 やすざるの妄想と手作り感満載のサイト↓
http://www.justmystage.com/home/monkeyaero/

2011年6月21日 やすざる


会社で働くペンギン 物語と作り方

★温暖化によって南極に住めなくなったペンギンが、日本の会社員にまぎれて働く風刺のきいた絵本と、ペンギンをモチーフにした小物の作り方を詳説する、物語に沿った手芸本。ユーモラスなイラストや写真も満載。
[2011年5月/B6/36頁/¥300] 著=やすざる 発行=やすざる

オリオン座から来たロボット  物語と作り方

★オリオン座から落ちてきた生意気なロボットのショート・ストーリーと、ロボットのストラップの作り方を詳説する、物語にそった手芸本。ユーモラスなイラストや写真も満載。
[2011年2月/B6/28頁/¥300] 著=やすざる 発行=やすざる"





 「多様なるソーシャルデザイン」というテーマをみて、読者は何を思うだろうか。メタ視点への嫌悪感、上から目線の地に足の付かない上滑りする議論の数々だろうか。もしかしたら、批評の業界におけるアーキテクチャ批評の文脈と重ね合わされるのかもしれない。しかし、今回の未来回路が目指したのはその文脈に乗ることではない。
 アーキテクチャ批評は環境管理型権力が支配的な今日の状況の下で有効な批評的手法として立ち現れた。その中でも日本での批評環境はウェブを中心としたサービスへの言及とその技術革新によって何が可能になるかということが大きな関心事として押さえられている。例えば、現在の議会制民主主義のシステムは、成立当初の情報技術の環境によって算出されたものであり、現在の技術に合わせてシステムを構築しなおせば、より理想的な民主主義を実現できるのではないか、といったような議論がそれにあたる。
 確かにそれらの技術革新は、そこに住む人間たちの全てにとってのインフラとして機能する可能性を持ったものだ。だが、その可能性の先端として分析の対象となっているのは、例えば「オタク」のようにある特定のクラスタやコミュニティであることが多かった。ある特定のクラスタに未来への可能性のイメージを重ねるのは物語としても受け入れやすいものではある。「我々は前衛であるのだ」、というように。少なくとも90年代の半ばくらいからこの2011年3月11日に東日本大震災が起こるまでは、その身振りはある程度の説得力と共感が持てるものでもあった。なぜならば、自分とは違う存在と出会わなくても生活できる社会的環境が整っていたからである。人々はコミュニケーションのコストとリスクを最小限にして生きていくことが可能な生活環境を作り上げ始めていた。私たちは自分の信じるものを信じ、その中に埋没していられたのだ。例えば、「他者に手を伸ばそう」といった言葉自体にも、「(許容できる範囲で)」という暗黙の前置きがデフォルトとなっている。まったくの他者は風景となり、後景化し、そして視界から消えていく。
 けれども、状況は震災後に大きく変化した。いや正確には、変化は着々と準備はされていたのだ。これまで私たちは、状況が大きく変化しているのにも関わらず、私たちが所属するシステムを変えていくことを先延ばしにしてきた。今回の福島第一原発の崩壊は、ここ数十年続いた高度成長イデオロギーの終焉を象徴的に表しているものでもあるのではないだろうか。そのような状況化で「ソーシャルデザイン」を考えていくこと。それは、上から目線の設計でもなく聞き慣れた世間話でもない。新たな状況に対応した様々な想像力を発揮すること、そここそに力点が置かれる。私たちは、これから様々な概念の更新を行っていかなくてはならない。『未来回路3.0』は「ソーシャルデザイン」という言葉の持つイメージを書き換えていくこと、コミュニティの多様性をソーシャルデザインの多様性に置き換えていくことをテーマとして編まれている。

未来回路製作所・中川康雄



未来回路 3.0

[2011年6月/A5/111頁/¥800] 特集=多様なるソーシャルデザイン 編=中川康雄 発行=未来回路製作所

フリーペーパー版模索舎月報11年6月号配布中!!

大杉栄『日本脱出記』の再生



初刊は1923(大正12)年10月。関東大震災の混乱の中で虐殺された大杉の遺著として刊行され、軍の暴戻を改めて印象づけるものとなった。震災の痛みにあった人々には、躍動する大杉の風姿が励ましになることがあったであろう。本書が東日本大震災の直後に、土曜社の創立第1冊として、新装復刊されることが、因縁のように感じられる。
 いまは、震災による甚大な被害や原発事故のもたらす国難のただなかだが、そうでなくとも、姿こそちがえ、大杉が生きた大正期と同様の社会難に覆われた時代だ。大杉の精神を思い起こし、甦らせてみる価値があろう。『日本脱出記』の復刊は、その精神を現代社会に置いてみたとき、そこに貫くものを提起する企てでもある。
 と言っても、本書はアナキズムの思想を語っているわけではない。ベルリンで開かれるはずの国際アナキスト大会に出席するため、フランスに密航しての旅行記だが、併せて二年前、上海でのコミンテルン極東社会主義会議の内実をも語って、国際的な運動の動向を伝えるドキュメントでもある。上海、マルセイユ、リヨン、パリと場面が転換していく中で、人物が躍動し、大杉という人間のおもしろさを感じとるには最適の書だ。情勢探索をしつつも、「女の尻を追いかけ」たり、監獄で「呑気に暮らし」たり、愉快に過ごすのが流儀である。どんな状況にあっても、楽しみを見出し、追求するのが大杉流「生の拡充」と言うかのようにである。
 ただし、それらは止むなくそうなったので、危険を冒しての「日本脱出」は、本来、国際連帯の活動であった。20(大正9)年の上海は、共産主義者中心の会議だが、日本から出席者のいない変則を看過できず、主義を越えた連帯への熱意からだった。国内で、社会運動の各派が大同団結、日本社会主義同盟が創立するのと軌を一にしている。帰国後、共産主義者を交えて週刊『労働運動』を発刊したのは、共同への熱意の具現化だ。
 二度目の密航では、会議の延期によって、連帯の実ならずのようだが、上海、フランスと中国人同志との集会を重ね、交流を深めている。東アジアでのアナキズム同盟を視野に入れた活動であった。フランスの同盟と連絡もついた。そして帰国後、こんどは国内での同志結束への活動を開始。中絶した「同志諸君へ」はそれを語るはずであった。
行動の書だが、そうした連帯の精神を底流させ、共同の熱情を語った書でもある。大杉といえば「叛逆の精神」が想起されるが、非権力の側とは、国境、場合によっては主義を越えて結びあう共同性を訴えたのである。共同性を失った現代社会には、その精神をこそ想起したい。難を開く再生のメッセージとしてである。
大杉豊

日本脱出記

目次:日本脱出記・ヨーロッパまで/パリの便所/牢屋の歌/入獄から追放まで/外遊雑話/同志諸君へ/年譜/解説(大杉豊)
[2011 年4月/新書/205頁/¥952+48] 著=大杉栄 発行=土曜社



 「The Art times」を最初に置いてくれた本屋さんが模索舎であった。どこの馬の骨がつくった雑誌かよく確かめもせずに、置いてくれたばかりか、毎号注文までいただいている。いまではこの雑誌の販売数トップの本屋さんとなった。なんと第5号の平岡正明追悼号は、60冊以上を売っていただいた。大手書店にはない本がいっぱい並んでいる模索舎は、「The Art times」にとって居心地のいい場所であることは間違いない。
 「The Art times」を発行している我がデラシネ通信社について一言説明させていただこう。もともとは売れないノンフィクションを何冊か出していた私が、返品された自著を売りさばくため、さらにはいま書きたいことを発表するため2000年8月に開設したHP『デラシネ通信』が母体になっている。大学時代卒論を書くときに手伝った(3分の2を書いた)ことを理由に当時CGグラッフィックをコンピューターをつかって制作していた後輩の大野康世を半ば脅迫して、このホームページを立ち上げた。コンピューターやインターネットのことは大野に任せ、自分は好きなことを書くだけだった。なんの縛りもなく自由に書きたいことだけを書くというのは実に気持ちのいいものだった。さらに付録というか、これがインターネットの魅力なのだろうが、ホームページを通じての交流はなかなか面白いもので、ここで書いた原稿が出版社の目に留まり本になったり(『虚業成れり−「呼び屋」神彰の生涯』)、実にさまざまな人たちと知り合うことができた。一方通行ではなく、未知の人たちと交わえる「場」が生まれたことが、とても新鮮な発見となった。
こうした流れから「The Art times」が生まれていった。最初は私が評伝を書いた神彰が興した会社アートフレンドアソシエーションが毎月発行していた機関誌「The Art times」を、函館で開催した『神彰とアートフレンド』展のときに、復刊しようということでつくったもので、続けて出していこうようなんてまったく思っていなかった。ただ何人かの人に原稿をお願いし、編集スタッフ(この時は3人)で集まり、ぐちゃぐちゃ話し合いながら、つくっていく過程が実に楽しかった。(もしかしたら楽しかったのは自分だけかもしれなかったが・・)
「インド魔法」を特集した2号、ロシアアヴァンギャルドを特集した3号と、まったくその場の思い付きと、ノリで7号の『ハマ野毛復活!』まで出し続いている。思い付きもあるのだが、私自身の本業が興行師ということもあって、イベントとタイアップ(というかイベントをつくり)売るというタイミングを見計らっている。
ちなみに次号は(今年9月か10月に発行予定)は「桑野塾のいま」と題した特集を組むことになっている。「桑野塾」とは、バフチンの対話、そして広場の思想を研究、実践、さらにアヴァンギャルドの青春を伝え続けてきた桑野隆に惹きつけられた人たちが集まって、立ち上げた会。教える、教えられるという関係ではなく、バフチンの「広場」のように、さまざまな人たちが出会い、思いや考えを交錯させ、刺激し合う場として不定期で開催している会で、いままで8回開催されているが、学会や研究会にはない知的好奇心に満ちた会になっている。(第9回は7月9日メイエルホリド最後の弟子、そしてメキシコ演劇の父といわれた佐野碩について)。
これを機会にHP「デラシネ通信」をご覧になっていただきたい。そして「The Art times」を手にとってご覧になっていただきたい。明確な理念をもたず、きまぐれで文章を書き、雑誌をつくっているというのがよくわかってもらえると思える。
風の向くまま気の向く彷徨い続けること、これが我がデラシネ通信社の社訓なのである。

デラシネ通信社大島幹雄



アートタイムズ Vol.7

[2011年4月/B5/64頁/¥800] 特集=「ハマ野毛」復活 ヨコハマ野毛は「げい」の街! 責任編集=森 直実(大道芸実行委員会アートディレクター) 発行=デラシネ通信社

アートタイムズ Vol.6

[2010年7月/B5/60頁/¥800] 特集=「サーカス学」誕生 発行=デラシネ通信社

アートタイムズ Vol.5

[2009年12月/B5/48頁/¥800] 特集=野毛版・平岡正明 葬送パレード 責任編集=福田豊 発行=デラシネ通信社

アートタイムズ Vol.4

[2009年4月/B5/28頁/¥500] 特集=道化師(クラウン)が日本にやってきた!―クラウンカレッジ・ジャパンから20年   発行=デラシネ通信社

アートタイムズ Vol.3

[2008年5月/B5/24頁/¥500] 特集=新レフ―最後のロシア・アヴァンギャルド 責任編集=桑野隆 発行=デラシネ通信社

アートタイムズ Vol.2

[2007年4月/B5/12頁/¥300] 特集=インド魔術  発行=デラシネ通信社

アート・タイムス 2006

[2006年7月/A5/12頁/¥300]  発行=デラシネ通信社 






1.共和主義は日本に適さないか?
 筆者は、2009年、憲法の第1章・天皇条項を削除することを論議した「天皇条項の削除を!」を刊行。その際に、「時機尚早」の論議が噴出した。
「時機尚早論」には2つある。ひとつは日本の民衆が共和制段階まで「成長していない」という意見。もうひとつは、第1章・天皇条項の削除を論議することが、改憲の「追い風」になり、改憲反対運動の「分断」とする意見である。
 本書は、この問題について、「グローバルな視点」を導入することによって、西暦2011年の日本における「共和制完全無血革命」の可能性を追究した。
 いっぽう、一部の無党派運動や無政府主義者からは、共和制を論議すること自体が「国民国家の再編」「共和主義では国民国家の解体に結びつかない」として、意識的に敬遠されてきた。
共和制段階を経ないで、天皇制廃止が可能か?
立憲君主制の「日本国憲法体制」から、いきなり無政府状態を獲得できるのか?
今回、わたしたちの運動体に内在する「共和制アレルギー」にも「メス」を入れた。
「天皇条項の削除を!」に続き、憲法第1章と9条の矛盾を追究した、「本邦初」の「現代共和制論集」である。
2. 「脱原発共和国」を構想する。「無党派」から「共和派」へ。
東日本大震災では、自衛隊が10万人規模で動員。米軍は原子力空母を派遣。首相官邸に米軍が乗り込み、軍服で会議が行われた。9条改憲を待たずに、国内で実質的な「臨戦態勢」が構築されてしまった。やはり「9条守れ」では、反戦運動のロジックとして限界がある。
すでに天皇夫婦が罹災所を「見舞う」パフォーマンスが繰り返されている。国民統合の装置としての天皇制の強化と戦争国家化に向けた動きが、水面下で進行している。
それと反比例するかのように、かつてない勢いで9条が無力化しつつある。「日本国憲法」体制そのものに、今日の戦争国家化の危険性が内在していたと指摘せざるを得ない。
イラク反戦・有事法制・反原発・沖縄反基地闘争と、昨今の反戦市民運動はシングルイッシュー的傾向が顕著だった。個別課題の現場主義を評価するいっぽう、個別に切り離された課題を結びつける「思想的バックボーン」について、もっと議論してもいいのでは?の不満が残る。
バラバラに分断された運動現場をつなぐ思想的なもの。それが「共和主義」というのが筆者の見解。
新左翼のアイデンティティだった「無党派」性。だが、その「無党派」なる言葉は、すでに大衆によって乗り越えられてしまった。
無党派「性」が、共和「性」を獲得できるのか?自発的な大衆運動の個別課題性が、共和「性」を自覚できるのかに、今後の大衆運動の社会変革の可能性があるように思われる。
このような問題意識から、今回、9条を1条にし、原発廃止や死刑廃止も「加憲」した、画期的な「共和制憲法」を試作した。
9条を1条に。護憲から共和制へ。改憲・護憲両者に支持が集まっていない状況をうまく利用して「共和制論議」を進めていく。
改憲を恐れない。改憲の危機を「共和制=第1章の削除」の好機に活かす「コペルニクス的転換」が、今、求められている。

◎栗林忠道中将記念碑建設を阻止したぞ!
近年、新自由主義史観の浸透により、地域史においても、戦前の日本の侵略戦争で果たした人物を「再評価」する動きが強まっています(松山での坂の上の雲記念館など)。
長野では、映画「硫黄島への手紙」が公開された時に、渡辺謙が演じた硫黄島の指揮官だった栗林忠道中将が、長野市の出身だったことから、注目を集め、その記念碑を建設しようとする動きが起こりました。
わたしたちは、運動の中心人物だった原山茂夫氏(日教組の役員だった!)に猛抗議。最終的に、記念碑建設の動きは、支持が集まらず、資金も集まらなかったため、立ち枯れになったことを、ここに報告します。       
 文責・堀内 哲



いま、「共和制日本」を考える 9条を1条に

目次:1 いま、共和制を考える=堀内哲/2 “抑止力"としての天皇制-日本において“共和制"を構想するとはどういうことか?=杉村昌昭/3 裂け目は閉じられたのか?-素人による「憲法の歩き方」=平井玄/4 「憲法」の「天皇」条項とどう向き合うか-さしあたり問題を整理することから=池田浩士/5 共和制の可能性-憲法草案を試作する=堀内哲 協力・岡嵜啓子/6 資料 憲法草案比較/追記 「共和制=国民国家の再編」批判について=堀内哲/
[2011年5月/四六H/218頁/¥1,500+75] 編=堀内哲 発行=第三書館



閑居と呼ぶしかない日々を「神様がくれた夏休み」にパラダイムシフトして、家に籠って好きなだけ本を読んでいるうちにアイディアが湧いてきて像を結び「今、もっともやりたいこと」が見えてきたのが二月のこと。
それらがリドリー・スコットの映画よろしく地面からもやのように立ち上ってきて、むわむわむわとかたちになったのが、純粋個人雑誌『趣味と実益』だ。
むわむわの中には中里介山がいる。
蝶花楼馬楽がいて、きだみのるがいて、明治の演歌師がいる。
それらをとりまとめるべく宮武外骨がいる。
いわゆる明治の奇人と呼ばれる彼らを見習って「自分中心主義」を貫徹するのが、本誌の趣旨である。
「純粋個人雑誌」というのは中里介山の個人雑誌『峠』のサブタイトルだ(正式には「中里介山純粹箇人雜誌 峠」)。
介山は『大菩薩峠』という大著を生涯書き続けた多忙の身でありながら、印刷機を買い入れて隣人之友社を立ち上げ、大量の書籍やパンフレットや雑誌を自費出版した。その意気にあやかろうと思ったのがひとつ。
「趣味と実益」という言葉は宮武外骨「滑稽新聞」のキャッチコピーで、カットや各項目の題字などもここから拝領した。
このタイトルの解釈を、本誌二ページ目「口上」に於いて、雑誌創作=「趣味」、本誌の売上げ=「実益」と位置づけたが、それは表向きのこと。
一冊五〇〇円が一〇〇部売れたとてたった五万円では実益にほど遠く、趣味で作るには手がかかるわけで、なんのことはない、雑誌販売が趣味(酔狂)で、作成が実益(精神衛生上の)なのである。
明治の昔、辻々でバイオリン片手に風刺歌を歌っていた演歌師はザラ紙に印刷した歌詞を売って生活していたが、通りがかりの人が投げ銭をすると「乞食ではない。歌詞を売っているのだから歌詞を買え」と怒ったという。
わたしも演歌師の気持ちで売りたいと思っている。

純粋個人雑誌『趣味と実益』が扱うのは物語である。
読んで何かを感じても良し、感じなくても良し。
どこから読んでもいいし、どう読んでもいい。こんな人がいた、こんなことがあった、もしくは執筆者はこう思った、というだけのことである。
それらによってなんとなく気分が楽しくなってもらえれば本望である。
内容は、平安時代から現代まで落書(らくしょ)の歴史を総まくりする「落書」、明治の奇人に自分中心主義を学ぶ「明治奇人生活誌」、兎吉(ぬいぐるみ)のお見合い相手募集の「つりがき」、電話にまつわる奇妙な話を集めた「電話奇譚」、初めての場所を探検する「剽碌お目見得探検」、言葉で現代を探る「当世流行語辭林」、その他「不真面目広告」「自分中心俚諺集」漫画「すかたん商會」などなど。
今後は三ヵ月に一冊、年四冊を目処に出すつもりでいる。

純粋個人雑誌『趣味と実益』、どうぞ、ご贔屓に。

平山 亜佐子




趣味と実益 純粋個人雑誌

[2011年5月/B5/20頁/¥500] 編/発=平山 亜佐子 発行=趣味と実益社

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