2011年5月アーカイブ



 放射能が日本各地に降り積もっている
 前作「東京ファミリーストーリー」を出した直後、オレは4〜5年付き合っていた彼女と別れることになった。同棲までして、お互いに結婚をしよう、という雰囲気にまでなった仲だったのに。ところが、未来は読めないもので、彼女は出ていくと言い、オレは泣く泣く実家に引き下がることになった。泣く泣くだったのは彼女も同じだったのだから、男と女というのはつくづく面倒くさいものだと思う。
 大学卒業後フリーターで自活してやってくから、といって親の心配をよそにバンド生活を始めたオレにとって実家に戻るというのは苦渋の選択だったが、オヤジの「戻ってこいよ」の一言に涙を流し、その涙を隠しつつオレは実家に戻った。母は死に、オヤジと姉貴とオレは3人は当然家族であり、しかし今一緒に過ごすことが不思議にも思える、それでいて単調な生活を送った。実家は、オレが想像しているより居心地のいい場所だった。
 オレは新しい仕事につき、日々を送っていたが、毎日毎日は何故か不安や悲しみに襲われることが多かった。それは何か具体的な不安や悲しみではなかったが、何となくトーンはマイナーだった。オレはギターを触って思いのままにコード進行を作り、バンドでやるための曲を夜な夜な研究するのであったが、やはりどの曲もマイナーにでき上がってしまっていた。そうかといってマイナーに劣等感を持つことはほとんどなかった。何故ならオレの人生はマイナーでいいし、暗い悲しみとは異なるマイナーが存在することを確信していたし、何より自分がよく聞く音楽がほとんどマイナーコードに彩られていたからかもしれない。
 前作「東京ファミリーストーリー」から2年半、赤い疑惑はようやく作り溜めた曲を録音することにした。エンジニアーが僕らの曲を聞いて「暗いよねー、僕なんかネ、もう何にも考えてないようなサ、パーっていう音楽しか聞けなくちゃってねー」と冗談混じりに言った。冗談混じりでもオレにはこたえた。そんな正直な感想をぶつけてきたのではっきり言って戸惑ってしまった。そして一瞬自信を失いかけたのだが、媚びちゃいけないゾ、と思い直し、いやいや、暗くたっていいじゃん、オレにはこうすることしかできなかったし、これが最高だろうと思い、そう言い聞かせ、一気呵成にアルバムを完成させたのだった。
 録音が終わり、マスタリングをお願いする前々日、東北地方であの大地震が起きた。勿論メンバーは無事だったし、その後マスタリングも無事に完成したのであったが、あの地震、そして原発事故以降に聞く自分の音源は、震災前と後とでまったく響き方が違ってしまった。これはまさに想定外な出来事だった。変な言い方になるが、天災が、社会が、赤い疑惑の音源に磨きをかけてしまった。そんな気がしてならない。
 震災後動揺する気持ちを抑えながら、オレはアルバムのリリースに向けた活動を仕事の合間に続けていたが、ツイッターから流れる原発関連ニュースの数々があまりにも刺激的すぎて、ほとんど何にも集中できないソワソワした気分だった。それでも仕事とライブなどをこなしながら忙しくしているうち、気付くとオレは反原発・脱原発デモの現場にいたりするのだった。オレは何に導かれ、何のために生き、何のために働くのか、30歳を超えてもまったく分からなかった。
 高円寺の街でも大きなデモがあった。オレは本能的にその渦中に身を投じ、そこに集まった人々の一人一人のエネルギーを感じながら、今までとは別な角度で「日本で生きてる」実感をつかまえた気がした。
 「原発反対」と大きな声をあげるデモ隊の中で一際大立ち回りで団旗を降るかっぷくのいいオトコに見覚えがあった。模索舍で知り合って、一時はよく顔を合わせたK君だった。彼が振る黒い旗は、解放された路上に大きく勇敢に円を描いた。未来はまったく分からなかった。 
                                                                                                〜赤い疑惑 アクセル長尾




〈CD〉オレ達ハ日本デ生キテル/赤い疑惑

[2011年/¥1,575] 発行=赤いプロダクション

〈CD〉東京ファミリーストーリー/赤い疑惑

[2008年10月/全14曲/¥2,300] 《aka-004》 発行=赤いプロダクション

〈CD〉東京フリーターブリーダー/赤い疑惑

[2005年4月/¥1,500] 発=赤いプロダクション

〈CD〉AKAI-GIWACK LIVE 2005.11.05 /赤い疑惑

[2006年5月/¥1,200] (発売元=赤いプロダクション)



忌野清志郎はやっぱり予言者だった




私はここ数年知り合った幾人かの人から、「話し方や雰囲気が忌野清志郎に似ている。」と言われたことがある。これまで忌野清志郎の楽曲はほとんど聞いたことがなかったし、彼についてもほとんど知らなかったが、そんな言葉を人から投げかけられるたびに、少しずつ彼への興味や関心が湧き始めて、最近ようやくイマーノ(忌野清志郎の自称)の音楽や著書を貪るように聞いたり読んだりするようになった。

そうして解かったことがいくつかあった。彼が孤独な大バカ者であり、必死に自分自身と戦い続けた人であり、自分自身を嫌悪し続けた人であり、人びとに認めて欲しくて、言葉に耳を傾けて欲しくて寂しがり屋だったということ。天災(天才)は忘れた頃に…とは言わないが、まさに私の中ではそういった感覚で、こんなにもすごい人がこの世に、しかもつい最近まで存在して高々と声を上げて歌っていたのか、なんでそんなことにも気付かなかったのだろう、とそう悔やまれるばかりである。人間という生き物は、何て愚かなのだろう。何度も同じ過ちを繰り返し、そして忘れていく。忘れていくのも人間の本質の一つであり、そのおかげで人生の中にどれだけ悲しいことや辛いことが待ち受けていたとしても生きていくことができるということも確かなのではあるが…。死んでから、失ってから、その人やモノが一体どれだけ自分にとって貴重で大事なものだったのか気がついても手遅れである。本当に大切なものの価値に気付けるだけできっと人生の見え方は大いに変わってくるのだろうと思う今日この頃である。

苦労なんか知らない 恐いものもない
あんまり大事なものもない そんなぼくなのさ

世間知らずと笑われ 君は若いよとあしらわれ
だけど今も夢を見てる そんなぼくなのさ

部屋の中で 今はもう慣れた
一人きりで ボンヤリ外をながめてるだけ

世間知らずと笑われ 礼儀知らずとつまはじき
今さら外には出たくない 誰かがむかえに来ても

部屋の中で 今はもう慣れた
一人きりで ボンヤリ外をながめてるだけ

苦労なんか知らない 恐いものもない
世間知らず 何も知らず
夢をまだ見てる
そんなぼくなのさ
そんなぼくなのさ
(「世間知らず」作詞・作曲 忌野清志郎)

しかし、だが。あのイベントは若手の出演者が多かった。そこに盲点があったのだ。楽屋はまるでにぎやかな部屋のように若手でムンムンし、キッカワやBOφWYやサンプラザになつかれちゃってまいったぜ。ヤツらはどーもオレのことをロック界の長老のように扱うから困る。どーしていいのか、ついついオレもニコニコしていたのがイケナかったよーだ。ヤツらはオレのことを「キヨシローさん」て呼ぶんだぜ。うー、もっと聞くからにロックっぺー呼び方をしてもらいたいもんだぜ(ちなみにオレの側近は「ボスッ!」と呼ぶんだ。どーだ。なかなかロックっぽいでしょ)。「4日連続してキヨシローさんの夢を見ました」とか言っていたBOφWYのホテイは、オレより背が2mも高いくせに、オレばかりたてやがって。キッカワだってそーだ。オレよりも肩幅が5mくらい広いくせに、やたら持ち上げる。俺はカスミ食って歌ってる、殿堂入りしたロックの仙人じゃないんだからさ。ライバルなんだぜ、オレたちは。(『忌野旅日記』、忌野清志郎著、音楽之友社、1987年、p.74より引用)

暑い夏がそこまで来てる
みんなが海へくり出していく
人気のない所で泳いだら
原子力発電所が立っていた
さっぱりわかんねえ 何のため?
狭い日本のサマータイム・ブルース

熱い炎が先っちょまで出てる
東海地震もそこまで来てる
だけどもまだまだ増えていく
原子力発電所が建っていく
さっぱりわかんねえ 誰のため?
狭い日本のサマータイム・ブルース

寒い冬がそこまで来てる
あんたもこのごろ抜け毛が多い
それでもTVは言っている
「日本の原発は安全です」
さっぱりわかんねえ 根拠がねえ
これが最後のサマータイム・ブルース

あくせく稼いで税金とられ
たまのバカンス田舎へ行けば
37個も建っている
原子力発電所がまだ増える
知らねえうちに 漏れていた
あきれたもんだなサマータイム・ブルース
(「サマータイム・ブルース」歌詞より引用)

この歌の歌詞なんて、非常に痛快だ。もし今、忌野清志郎が生きていて、日本の現状を目にしたら、彼は一体何を思い、何をしただろうか?何を歌っただのだろうか?そんなif節を考えたところですべては無駄な話である。ちなみに今現在日本には55基の原子力発電所があり、2013・14年には福島原発の7号機・8号機の稼動開始が予定されていた。そして、まさに7号機・8号機の建設が開始される矢先に今回の東北大震災が起きた。これは単なる偶然か、それとも必然だったのか?

忌野清志郎はやっぱり予言者だった。

(文責:音楽雑誌Oar編集長 野上郁哉)



フリーペーパー版模索舎月報11年5月号配布中!!



 1年半ほど前、私が制作しているミニコミ誌「蜜月」の紹介文を「模索舎月報」に書かせていただきました。その直後が恐らく模索舎での「蜜月」の売り上げピークで(とはいえ大した部数ではない)、最近ではお店に顔を出せば、売上減少の理由を「制作に身が入ってないからだ」とまで言われる始末…。このまま模索舎との関係が下降線をたどっていくように思われたのですが…。
今回、第8回開高健ノンフィクション賞次点作で私の初の著書『ミドリさんとカラクリ屋敷』(集英社)の出版イベントのお誘いと共に、なんと、二度とくることはないだろうと思っていた「模索舎月報」の執筆依頼がきました! らしからず、ミニコミではなく「ちゃんと流通している本」のPRが今回の依頼内容です。
 なんだか1年半前(模索舎と関わりだした頃)には想像もできなかった展開になっています…。「その間にいったい何があったんだっけ?」と我ながら考えてしまう変わりようなので、この際、「模索舎」と「蜜月」を軸に『ミドリさんとカラクリ屋敷』が本になるまでのことを簡単に整理してみることにしました。
そもそも「蜜月」は、3年ほど前(08年夏)に、地域情報誌の記者をしていた仕事仲間同士で「自分の発信媒体がほしい!」という思いからつくりはじめました。その後、「蜜月」を続けながら、それぞれ別の出版社へと再就職してステップアップしてゆき、私は10年間取材を続けてすっかり虜になっていた「ミドリさんとカラクリ屋敷」をどうにか形にしたいという1人若干ずれた夢へと向かって突き進んでいきました。1年半前といえば、あと数ヶ月で作品を完成させて次のステップに進もうというプランがすでに自分の頭の中にできあがり、最後の追い込みにかかる直前に、私ははじめてふらりと模索舎を訪れたということになります。
その数ヶ月後には作品を完成させて、以前から憧れだった「開高健ノンフィクション賞」に記念応募しました(そのときは、こんなにすぐに結果がでるとは思ってもみなかった)。その頃模索舎は50周年を迎え、直後、私が次のステップへと踏み出すより前に集英社から連絡をいただき、1年かけて作品を本にすることになりました。
 どんな本なのかも書いておかなければならないので、最後に『ミドリさんとカラクリ屋敷』(集英社)について、概略を紹介します。
――湘南の住宅街に、屋根から電信柱の突き出た不思議な家が立っている。なぜ屋根から電信柱が突き出ているのだろう? その真相を突き止めるべく家を訪ねてみると、そこには家に負けないくらいに謎めいたミドリさんというお婆さんが住んでいたノ。ミドリさんのルーツ(北海道開拓の歴史が絡んでくる)を追いながら、カラクリ屋敷の秘密を解き明かしていくノンフィクション作品(実話)です。
 第8回開高健ノンフィクション賞次点作で、本の帯はノンフィクション作家の佐野眞一さんと脳科学者の茂木健一郎さんの推薦文付き。装丁は鈴木成一さん…と「豪華な本」に仕上がっています。発売2日後の5月28日に模索舎で行われる「出版記念トークイベント」に加えて、期間限定でお店で本を販売してくださるということなので、ぜひ模索舎で、「蜜月」とセットでご購入ください。    
 ――鈴木遥
(『ミドリさんとカラクリ屋敷』著者&『蜜月』編集者) ――

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★イベントのお知らせ★
 『ミドリさんとカラクリ屋敷』(集英社)刊行記念イベント
HONEYMOON TALKSESSION 〜蜜月なお話し

〈出演〉
鈴木遥 (『ミドリさんとカラクリ屋敷』著者&『蜜月』編集者)
南陀楼綾繁(ライター・編集者)
〜お話し その2から 出演〜
刈部山本(『デウスエクスマキな食堂』 発行人&「結構人ミルクホール」店主)
日時:528日 18:00〜21:00
場所:模索舎 東京都新宿区新宿2-4-9 (地図
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ミドリさんとカラクリ屋 敷

電信柱が突き出た家に住むミドリさんの正体は!?屋根から電信柱が突き出た不思議な家。そこに住む97歳の元気なおばあちゃん、ミドリ さん。27歳の著者は、謎多きこの家とミドリさんにひかれ、電信柱のお屋敷に通うようになる。そして・・・。
●「序章を読んで傑作の誕生を予感した」(佐野眞一氏)
●「ノンフィクションの新しい分野に挑んだ力作」(茂木健一郎氏)

蜜月  第6号(2010年夏)
蜜月  第5号(2010年初春)
蜜月  第4号(09年夏・秋)




ミドリさんとカラクリ屋 敷

電信柱が突き出た家に住むミドリさんの正体は!?屋根から電信柱が突き出た不思議な家。そこに住む97歳の元気なおばあちゃん、ミドリ さん。27歳の著者は、謎多きこの家とミドリさんにひかれ、電信柱のお屋敷に通うようになる。そして・・・。
●「序章を読んで傑作の誕生を予感した」(佐野眞一氏)
●「ノンフィクションの新しい分野に挑んだ力作」(茂木健一郎氏)

蜜月  第6号(2010年夏)
蜜月  第5号(2010年初春)
蜜月  第4号(09年夏・秋)






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フリーペーパー版模索舎月報
  • 2011:05:17:13:59:58 フリーペーパー版模索舎月報11年5月号配布中!! (05/17)

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