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『ウメウメ書評』と銘打っているわりにはまったくウメておりません。前回ウメてから1年以上が経過しております。年度末で予算を使い切るためだけにする道路工事のごとく、とにかくウメろ!…ウメたって「乗数効果」なんてないんだよ!?ということで福祉国家のオルタとして注目を浴びてきたベーシックインカム論もまた再考を余儀なくされ…というはなしはそのうちできたらするつもり。
(追記:書店のブログなのでタイトルに書名をいれました。―11.4.26)


 「鉄腕アトム」は原子力モーターによって100万馬力を発揮し、その頭脳は電子計算機であり、宇宙空間にだって飛んでいく―この時代、原子力、コンピューター、宇宙開発は子ども向け読み物、漫画、アニメなどの三大囃子であり、登場する科学者のモデルは日本初のノーベル賞受賞者湯川博士であり、アインシュタイン博士であった。
 
 1895年レントゲン博士によるX線の発見以来、放射線・原子物理学の研究は進み、広島長崎に実戦で使用されたのが1945年だから放射線研究の創成期から原子力の実用までだいたい40年ぐらいかかっていることになる。コンピューターの開発はほぼ原爆と同時期に進められ、ノイマン型コンピュータでおなじみの天才・フォン=ノイマンは「マンハッタン計画」にも参加している。

 現在から振り返れば、コンピューターの発達は当時の空想科学読み物の想像を遥かに凌駕している。 i-podなどの携帯端末ですらアポロ計画時代のコンピュータ(ファミコン以下だったそう)など問題にならないくらいの性能なのだ。原子力はどうかというと、水素爆弾、中性子爆弾など、原子力爆弾以上の核兵器は開発される。1950年代には原子力の平和利用が喧伝されたりしたけれども、結局のところ、核兵器以上の「発明」はなされていないのではないか? 「原子力発電所」は「原子力」で動いている、というと、なんだかスゴイことをやっているようだが、結局ぐつぐつお湯を沸かし、タービンをまわして発電しているにすぎない。原子力でお湯を沸かし、発電し始めた当時においてはバラ色の未来が約束されているハズで、核廃棄物を無害化できる技術も確立され、人類の夢である「永久機関」さえ実現している予定だったのだが、現実はご存知の通りである。三人どころか、総掛かりでも人類はなお「もんじゅ様」におよばない。かつてライバルであったコンピュータに大きく水をあけられてしまった。

 科学技術の進歩は日常を大きく様変わりさせる。電線に弁当を結びつけたり、テレビの中に小人が居たりと、新たな技術は常に好奇心と畏怖の対象であった。最先端の科学であると同時に人類を滅亡させかねない脅威でもある―プロメテウスの火!―原子力は多くの空想科学読み物の格好のテーマであった。鉄腕アトムは原子力、マジンガーZが光子力、蒸気機関とかディーゼルエンジンとか電気なんかとか比較にならないぐらい高度な科学力で動くんだよ!?と子どもたちをだまし、いな、夢を与えていたわけである。おとなだまし?としてはキューブリックの映画に描かれるマッドサイエンティストなんかがある。
 
が、悲しいかな、原子力はもうとっくに前時代のテクノロジーとなってしまっている。現在のパソコンの原型となったIBM PC/AT互換機が1984年、スリーマイル島原子力発電所事故が1979年、たぶんこの時期に原子力は「最先端」の座を滑り落ちている。エネルギー政策の「最先端」は「スマートグリッド」(ここでもインターネット!)と接合された「風力」であったり「太陽光」であったりする。古いものが一周遅れで「最先端」だったりするのが世の習い、アメリカで原子力発電が再度推進されているのは「最先端」だからではなく、リバイバルにすぎないのである。大学でも原子物理学部門は理系の秀才どもを捕獲するのに苦労しているらしい。にもかかわらず、莫大な研究費が助成されている、という問題については後日かく、かも?。
 
想像してみよう、鉄腕アトムの原子炉がお湯を沸かし、その蒸気でタービンをまわし、発電しているさまを!アトムの胎内では水が循環し、蒸気を放出しているのだ!!これでは「機関車やえもん」ではないか!?そう、まさしくやえもんなのだ!やえもんは「石炭食っておいしいか!」とディーゼル車に愚弄され、あげく、そのまき散らす火の粉で火災を起こしてしまうのだ。核廃棄物をまき散らすアトムは「核燃料棒くっておいしいか!」と侮辱され汚辱にまみれなければならない…。やえもんはスクラップ寸前で交通博物館で余生を送るという幸運に恵まれたが、アトムの運命や如何に?

 原子力はかつてのそしていまある技術革新―鉄道や自動車、電話、インターネットなど―のように目に見える形では人々の生活を変容させたわけではない。かつての空想科学読み物が想像したように原子力自動車は走っていいないけれども、原子力、というよりその最大の成果である核兵器は「冷戦」という政治的効果をもたらした(カールシュミットは陸、海に続く「第三のエレメント」を「空」と想定していたようだ)。いな、「冷戦」というマクロな政治のみならず、日常的な『空間』そのものを変容させたのである。

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「原子力都市」はひとつの仮説である。「原子力都市」は、「鉄の時代」の次にあらわれる「原子の時代」の都市である。「原子力都市」は輪郭を持たない。「原子力都市」にここやあそこはなく、どこもかしこもすべて「原子力都市」である。それは、土地がもつ空間的制約を超えて海のようにとりとめとなく広がる都市である。―『原子力都市』より
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 繰り返すが、原子力はもはや遅れたテクノロジーでしかない。原子力にはかつて誇示していた空間を再配分する「政治力」も失われ、空想科学読み物のネタとしても、インターネットをはじめとするコンピュター、遺伝子工学、などなどに取って代わられてしまった(『ブレードランナー』公開が1982年『マトリクス』公開は1999年である。最近では評伝ものだが『ソーシャル・ネットワーク』)。エネルギー政策の都合によって多くの村がダムの底に沈み、島が「軍艦」となった。そして産業構造の転換によって多くが「廃墟」となり、打ち捨てられ、野ざらしにされ、マニアの愛玩物に成り果てている。原子力発電所は凡百の「廃墟」ではない。何百年と管理され、訪れるものすらもない(というかできない)「廃墟」になるのだ。(模索舎:ひ。)

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◆原子力都市

よく知られているように、放射性物質による汚染は、原子力発電所や高速増殖炉や再処理工場の敷地を越えていく。…危機にさらされているのは現在だけではない。未来の、原子力産業に何の責任もなく、原子力産業から何の利益も受けないだろう人々が放射性物質による健康被害に脅かされるのである。これがか原子力の開拓した新しい地平である。原子力都市は、空間と時間を平滑にすることで、拡張された新たな意識と実践を惹起するのである。(本文より抜粋)

[2010年3月/四六判/192頁/¥1,600+80] 著= 矢部 史郎 発行=以文社

◆廃墟という名の産業遺産

[2008年7月/A5/208頁/¥2,400+120] 編=伊藤将之/堀田匡崇/大畑沙織 監=酒井竜次 発行=インディヴィジョン

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