2010年12月アーカイブ

模索舎ライブを終えて  dependent direct sales kayo



11/22 工藤冬里さんのライブを新宿模索舎にて行いました。
depdent direct salesというのは工藤さんとkayoがやっている手書きCD-Rをリリースするレーベルです。ddsでのblogのやりとりや話をしていて工藤さんの言葉には書物からの引用がとても多いことが気になり、どんな本を読みどんな影響を受けたのだろうかと思っていたのですが、模索舎の榎本さんからライブの提案があり模索舎の店内で本に囲まれた中、工藤さんがライブをしたら面白いのではないかと妄想は膨らみ榎本さん、鹿島さん、店長さん達と話を進めました。ライブの企画の中で工藤さんが放った言葉が「すべての読書は道場破りである」なのです。本を読む行為は道場破りみたいなもんじゃないですか、と工藤さんは話してくれました。工藤さんは本という道場にたのもーと出向き道場破りをしてきたんでしょうね。私は本を読むことも音楽聞く事もある程度距離を持って接してきました。道場を破ることをしたことがないのかもしれない。工藤さんとddsをやるうちに工藤さんの音楽は聞く人を巻き込みまるで自分の問題のように皆捉えているんだと知りました。自分の人生を重ねてるように見えます。それは工藤さんの音楽という道場に出向き闘うつもりが道場の一員になっているように見えます。これは凄い道場だなあと。これは何なんだろうと。興味を持ったんですよね、工藤冬里という道場に。破ってやろうじゃないのと思ったんです。工藤冬里さんはずっと即興の中でやってきて本人はずっとパンクのつもりでやっていますとインタビューなどでもおっしゃてます。私にとってパンクは再構築するための自己破壊です。ぶち壊さなければ始まりもしない。今の工藤さんは音楽ではたのもーと破る道場がなくてつまらなさそうにしてるように見えます.破りたい道場を探していると言った感じでしょうか。そしてその道場はどんな道場なんだろうか。ddsはレーベルと音楽家のありかたをぶち壊すようなそんなレーベルでありたい。道場は読書だけではないのです。自分が望めばどこでもたのもーなんです。大敗するかもしれませんがddsは工藤冬里という道場にたのもーだと思ってやっています。


工藤さんが歌った歌のリストです。

ネマウムチュダヌルカルゴ(サヌリム)
sheep year(竹田賢一)
釜ヶ崎no I
ローマ帝国衰亡史 エドワードギボン
鞭のうた 牧野虚太郎
楢山節 深沢七郎
伊予漫才 溝ノ辺騒動
勾配 森川義信
冷たい雨 鮎川信夫
京都ゆきてかへらぬ 中原中也
北の海 中原中也
miss you,my baby doll  T.Sエリオット 荒れ地より 
some of  these days


サヌリム
1977年韓国でデビューした韓国ロックの祖といわれるバンド。当時韓国では学生運動が盛んであったため若者に熱狂的支持を得る。歌謡ガレージを基礎に同時期に発生したパンクロックの風味も混じり合った唯一無二のサウンド。かっこいいです。

竹田賢一
坂本龍一らとの学習団やA―Muscなどの活動で知られる。デレクベイリーのインプロビゼーションの即興演奏の彼方への翻訳やセロニアスモンクの鐘などの執筆など多岐に渡る。エレクトリック大正琴の奏者で現在も活躍中。

エドワードギボン
イギリスの歴史家 古代ローマ帝国の衰亡を記述した歴史書の古典大作。

牧野虚太郎
詩人 作品は17篇という寡作な詩人。「荒地」に編されるも死後の事で鮎川信夫により牧野虚太郎詩集が発行される。

深沢七郎
ギタリスト、小説家 木下恵介により楢山節考映画化されている

伊予漫才
工藤さんの住む松山の伝統芸能である伊予漫才。松山藩主がお正月の行事として上方から漫才大夫を招き年のはじめを祝ったことから発する行事。

森川義信
鮎川信夫
この二人は切っても切れないのでまとめて
早稲田大学時代「荒れ地」を創刊。鮎川信夫は死後「失われた街」は森川義信伝を刊行。鮎川信夫は甥っ子の家でスーパーマリオの裏技に熱中してる最中に脳溢血で死亡。享年66歳

中原中也
詩人 短い生涯において350篇もの詩を残すも生きている間には1冊の詩集「山羊の歌」しかない。彼の詩は友川かずきや諸井三郎らにより歌になっている。友人・小林秀雄に妻を奪われ再婚すれど死ぬ間際に泰子と言った話は有名

T.S エリオット
イギリスの詩人 ロマン主義からの訣別現代英詩の画期的作品となる荒れ地を出版。哲学や古典からの引用を多用し5部からなる433行の詩には繰り返し生、死、再生の原型が出て来る。それはダンテの天国編を欠いた「神曲」に喩えられる。

Some of these days you’ll miss me honey
サルトルの嘔吐より


最後にdependent direct salesでインタビューをしたものを転記しておきます。


Q kayo
工藤さん、
模索舎でライブをしてみてどうでしたか?

A 工藤
機関紙を買いに来るのが公安ばかりという相変わらずの閉塞感の中、若いスタッフの方達が親切で元気そうであるのが逆に気になりました。無知故に元気なのか?それともジジェクとか読んで大上段から見切っているのか?ここは昔から元気であってはいけない必敗者たちの喧嘩の場所なのに。ああでもぼくらは昔から親切で元気そうだったのだ。思い出してきた。山谷で僕に一万円札を握らせた印刷屋のA,黒色戦線社に斡旋してくれたM,いつも新宿で奢ってくれたSやK,みな優しい人々であった。
金田一安民がすっかり丸くなってしんみりと「やっぱり本はいい」と何回も呟いていたのが印象的だった。というわけでみなさんありがとう。あの夜だけはぼくは幸せ者でした



Rock 'n' Roll is still “Alive”



2010年は皆さんにとって、どんな年だっただろうか?
作家、中島敦の小説「山月記」の中にはこんな言葉がある。
「人生は何事をもなさぬにはあまりに長いが、何事かをなすにはあまりに短い」
私にとってこの一年は本当にこの言葉を痛感させられる一年だった。また人の縁にも恵まれた。「人」との出会いというのはそれだけでも十分人生の宝といえるものだと私は考えている。

・・・

さて、せっかくなので2010年の音楽について私が感じたこと・思ったとりとめもないことを徒然に書きなぐってみようかなと思う。
まずこんなことは私が言うまでもなく皆さんもお気づきかと思うが、それでも敢えて言うならば、音楽業界全体に対して感じるのは、音楽の完全なる資本主義化とコマーシャリズムである。つまり、「良いもの」が売れるのではなく、売れるものが「良い(あるいは正しい)」という価値観である。こういうとき、私たちは一度立ち止まって考え直さなければいけない。「果たして、あれは本当に「良い」ものであるのか?」と。人々はますます「審美眼」を失い、「本当に良いもの」が一体何なのか見分けることが出来ないほど鈍感で不感症になってしまっている。

「何ごとにつけ、成長の速いものは滅びるのも速く、ゆるやかに成長するものはより永続する。」(『鳩の頸飾り〈イスラーム古典叢書〉』イブン・ハズム著、黒田壽郎訳、岩波書店、1978年)p.45より引用。

売れるからには確かに何か人を惹きつける魅力があるには違いないが、数年後、中古CDショップの棚にガラクタ同然に積み上げられている光景を私たちは容易に想像することが出来る。音楽も即時的な享楽のための単なる消費物に堕してしまっていることの何よりの証拠である。これは非常に憂うべき状況である。いや、もうそもそもそんなことに一々杞憂せずにそれはそれとして静かに眺めていたほうがいいのかもしれない。逆に言えば、そのようにしてお金を循環させなければ音楽業界も成り立たないほどに衰退してしまっているのかもしれない。今の人たちはCDを買うのではなく、携帯電話やパソコンの音楽プレイヤーにダウンロードする形で音楽を楽しんでいる。CDという媒体に対する価値観が以前とは全く変わってしまったのだ。CDを買いに行ってジャケットや歌詞を見て楽しむことよりも、「今すぐに」「手軽に」ということのほうが今の人たちには重要視されているのだ。恐らくこのまま音楽の「電子消費」化が進めば、CDという媒体は消え去っていく。それが良いのか悪いのかは私にはわっきりと断言しかねるが、次のことだけは言える。
「ああCDは良かったなぁ・・・」などと無くなってから呟いてももう無駄である。

・・・

たとえば、今年流行したものに「AKB48」と「Girls Generation(少女時代)」がある。ともにいわゆるアイドル・グループとして今年の日本を大いに盛り上げてくれたが、すぐに気がつくのはその売り出し方の違いである。日本を代表するAKB48は歌唱力やダンスよりも「ルックス」「かわいさ」重視なのがよくわかるが、それに対する韓国のダンス・ユニット少女時代はプロモーションビデオなどを見ても、やはりダンスや衣装が非常に洗練されていてどちらかといえば「クールさ」が印象に残る。そして発表される楽曲は次々と日本向けに加工しなおされ、一つの「輸出品」として日本社会に浸透していく。このことから透けて見えるのは、やはりアジア全体において日本がいまだに大きな経済基盤と底力を秘めているということだ。
 
05.jpgさて、そんな華やかな音楽世界に対して、極めて男クサイ音楽世界がある。それは「ヘヴィー・メタル」だ。今年の春『アンヴィル!〜夢を諦めきれない男たち〜』という映画が日本で公開された。実に30年以上も活動を続けているにも関わらず運に恵まれず鳴かず飛ばずのカナダの“元祖メタル”バンドの一つだが、そんな彼らの友情と様々な葛藤を描き出したドキュメンタリー・フィルムだ。彼らの奏でる音楽はどれもがむき出しでエモーショナルなもので、必ずしも名曲とは言い難くとも、確かに心の奥底を揺さぶる何かがある。15歳の頃から一緒に音楽を奏で続けているギター&ヴォーカルのリップスとドラマーのロブは、新しいアルバムのレコーディング中に、他愛も無いことから口論をはじめ、遂にはロブがバンドを辞めるとまで言い出してしまう。すっかり感情的になってしまったリップスはどうしていいのかわからず、ロブのところに謝罪へ行く。そこでリップスはロブに対してこう言うのだ。「お前以外に一体誰に弱音を吐いたり、愚痴を言ったりできるっていうんだ!」。それほどまでにリップスはロブを信頼し、必要としていたのだ。この男たちのアツい友情には思わず胸を打たれ涙してしまった。二人の不和は解消し、13枚目のアルバムの製作も無事終了。そしてAnvilは今も大きな目標に向かって日々男クサク、Keep on Rockingし続けているはずだ。

かつて、レニー・クラヴィッツというギタリストが_Rock'n' Roll is dead”と歌ったが、ロックンロールはまだ死んではいない。 (文:編集長 野上郁哉)





パキスタンにはスーフィー音楽と呼ばれる伝統的な音楽があり、古典音楽と共に大衆の間で非常に人気がある。スーフィーとは、スーフィズムSufismと呼ばれるイスラーム神秘主義の道を実践する人々のことを指し、彼らの究極的目的は自己を虚しくし神と合一することである。彼らは人間の男女間の恋愛のように神を一心に愛し、自身の中に見出した神との恍惚の境地の中に物事の本質を見る。彼らはサマーと呼ばれる儀式の中で音楽を奏で歌を歌い踊りながら、半ば狂乱の境地で神へ埋没していく。音楽は彼らにとって、神へ近づくための重要な手段の一つであった。

パキスタンにおいては、2つの代表的なスーフィー音楽があり、それはカウワーリーQawwaliとダマールDhamalと呼ばれるものである。
カウワーリーはイスラーム神秘主義集団歌謡とも呼ばれ、ふつう2人の主唱者と数名のコーラス、手拍子やハルモニウム(オルガンのようなふいご付きの鍵盤楽器)やタブラー(北インド音楽の古典楽器で2対1組の太鼓)と呼ばれる楽器伴奏者などの一団によって演奏される音楽である。このジャンルにおいて特に有名なのがヌスラット・ファテ・アリー・ハーンやその甥ラーハト・ファテ・アリーハーン、サーブリー・ブラザーズ、シェール・アリー&メヘル・アリーなどである。
カウワーリーはヒンドゥスターニー音楽(北インド古典音楽)の祖とも呼ばれるアミール・フスラウ・デヘラヴィーAmir Khusrau Dehlavi(1253−1325)によって創始されたものといわれており、彼の作とされる「ラングRang」と呼ばれる曲は現在でも歌い継がれており、この曲が演奏されるときには、アミール・フスラウへの敬意を表して聴衆も立ち上がって音楽が拝聴される。アミール・フスラウもまた偉大なスーフィーの一人とされているが、その他にもバーバー・ファリード・ガンジシャカルやシャー・フセイン、ブッレー・シャー、スルターン・バーフーなど偉大なスーフィーたちの神秘詩が好んで取り入れられ、しばしば短縮されたり、他の詩と組み合わされたりして形を変えながらも現在まで歌い継がれてきた。
01.jpgカウワーリーは現在でも大衆の間で非常に人気のある音楽であり、テレビやラジオなどで聴かれることはもちろんのこと、現地では数多くのカセットやCDが発売されており、手軽に楽しむことも可能である。またパキスタン国内ではダルガーと呼ばれる聖者廟のいくつかにおいて、特定の曜日・特定の時間に聖者廟内の広場で人々の娯楽の一種としてカウワーリーの宴が楽しまれている。
 その一つ、パキスタンのラーホールにある聖者ダーター・ガンジバフシュ・ハジュヴェーリー(990−1077)の聖者廟においては、毎週木曜日の夕方カウワーリーが演奏され、その演奏を楽しむために数多くの人たちが集まってくる。2008年の取材の際に私も初めてこの聖者廟を訪れ、生でその演奏を楽しむことが出来た。聖者廟は人々の憩いの場・聖域として人種・宗教・身分などすべて関係なく万人に対し開かれている。
 02.jpgカウワーリーの時間になると次第に多くのイスラーム教徒の男性たちが集まってくるが、女性の姿はほとんどみられない。女性たちの立ち入りが禁じられているわけではないが、基本的に女性たちは男性たちの後ろに分かれて控えることになる。一日に10組以上のカウワーリーの楽団が登場し、その技を競い合うかのように熱演を聞かせてくれる。それぞれの楽団はわずか5分から10分程度しか演奏できず、少しでも長くそして良い演奏を披露するために、人々の様子や会場の雰囲気を探りながら演奏を盛り上げていく。演奏が盛り上がるにつれ、立ち上がり陶酔したように踊りだす人々も出てきて、会場の熱気はピークに達する。こうして人々は音楽を通して神へと近づいていく。

 もう一つの代表的なスーフィー音楽ダマールはラール・シェへバーズ・カランダルLal Shahbaz Qalandar(1177−1274)という聖者によって創始されたといわれ、これは日本で言えば踊念仏のようなものだ。「マスト・カランダル・ジューレー・ラールMast Qalandar Jhule Lal(陶酔した遊行者、ジューレー・ラールよ)」という掛け声と共に、ドールという両面大太鼓をリズミカルに演奏しながら、回転して踊る神秘主義恍惚舞踏である。
 03.jpgこれは現在ラーホールの南にあるシャー・ジャマールShah Jamal(?−1639)という聖者の聖者廟において毎週木曜日の夜に演奏されていて、パップー・サーイーンとジュ―ラー・サーイーン、グーンガー・サーイーンとミットゥー・サーイーンというドール演奏家のペアが有名である。

 ラーホールから南に80kmほど下ったところにパットーキーという小さな街がある。パンジャーブ州ラーホール県カスール郡のパットーキーは、パットワーンというヒンドゥー教のカーストにちなんで名づけられたといわれている。この街の有名なスーフィーの一人にバーバー・アッバース・アリー・シャーBaba Abbas Ali Shahというスーフィーがおり、毎年9月6日から3日間ウルスと呼ばれる命日祭が行われる。ここでも数多くのドール演奏家たちが集まり、夜通しダマールの演奏が行われる。聖者廟の周りはものすごい興奮と熱気に包まれ、集まった人たちの気分も否応なく高揚してしまう。日本のお祭りに似た雰囲気で、露店ではお菓子やおもちゃ、パーンと呼ばれる噛み煙草など様々なものが売られ、無料の食事も振舞われる。聖者廟の周りには聖者の恩恵にあずかろうと老若男女問わず、多くの人々が詰めかけ息をするのもやっとというほどである。あたり一面はドール演奏家たちの耳を劈くような爆音に包まれており、この3日間人々は眠りも忘れて踊り狂い、聖者を褒め称えその死を弔うのである。
04.jpg
(文:編集長 野上郁哉)




自選文-『シナリオ読もうぜ!』



 現在の映画はあまりに人物の内面に寄り添いすぎていないだろうか。それではあまりに謎が少なすぎる。あるいは人物の性格の特異さや設定や展開の奇妙さにのみ依拠しすぎていないだろうか。それではあまりに謎が多すぎる。いずれにしても自意識は温存され、映画は何も揺り動かすことはないままである。
 シナリオライター井手俊郎はそうした自意識の遊びには一切興味を示さなかった。彼は人物の「目」をただひたすら見つめ続けた。目には全ての情報がある。人物のアクティヴィティーが集約されている。だが、それはあまりにも強すぎて、わずかなやり取りだけで何もかもを変化させてしまう。目は物事を見定めるための器官ではない。眩暈を起こしつつ、物事を変化させる器官なのである。
 我々は井手のシナリオを読みつつ、人物たちの眩暈に巻き込まれていく。彼の作品には常にさわやかで生々しい風が吹いている。人物たちが自分の立ち位置を、取り巻く関係をその「目」で見つめ直すときに風は吹き荒れ始め、彼らをすっかり変えてしまう。だが、彼らには自分を変化させたものを見定め、名付けることができない。風はその場でその一瞬に吹いたきり、彼らの元には戻ってこないのだ。
 井手俊郎のシナリオは戦後映画に画期をもたらした。彼は死に至るまでの30年以上に渡り、アクチュアルなシナリオライターであり続けた。だが、同時に明確で一貫した主張や美学の見出しにくい作風ゆえに、共同作品や脚色が多いことも相俟って不当に(あるいは正当に?)軽視され続けてもいたと思う。本書の目論見の一つは、彼の代表的なシナリオやエッセイの紹介、フィルモグラフィーやビブリオグラフィーの作成によって、戦後映画史における井手俊郎という存在が占める位置を確定しようというところにある。だが、それ以上に、むしろその主張や美学に収斂されない曖昧さに現在の映画を活性化する要素を見出し、再導入しようとするものでもある。いかに風を吹かせられるか。いかにシナリオを自意識から可能な限り自由にできるのか。生誕100年、井手は今もなお新しい。

シナリオ読もうぜ!

目次:井出俊郎について=中矢名男人/〈作品論〉:洲崎パラダイス 赤信号/妻の心/母三人/銀座の恋人たち/河口/B・G物語/二十才の設計/旅愁の都/若草物語/河内カルメン/続・何処へ/ほか

[2010 年/A5/108頁/¥500] 特集=生誕百年 井出俊郎を読む 

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