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『葬』を読んで、今すぐ頼れる喪主になると同時に出版にも思いをはせてほしい
(文・イラスト=編集発行・おもだか大学)

 『葬』が「ベストミニコミオブザイヤー2009 プレゼンテッドバイ模索舎 ひ。」(勝手に命名)を受賞したということで夢心地です。かなり悩んだ上での、渋々での、いろんな面に目を瞑りながら選んでの受賞と口をすっぱくして言われているんですが(なぜそこまで言われなければならないのか甚だ疑問ではありますが)、それでもたいそうな喜びです。まことにありがとうございます。

 皆さんのおかげで『葬』3号も無事出すことができました。1冊も売れなくともしょうがないと思いながらの出発でしたが、蓋を開けてみれば累計1000部を突破し、え、1000部?! 今、何気なく計算してみたのですが、この瞬間、感動に打ち震えております。でも売上は半分にも満たないのはなぜでしょう。印刷代もペイできてません。M舎スタッフの方から「そろそろ熱海に接待しろ」と再三言われているのですが、赤字では1人も温泉に入れません、この場を借りてお詫びいたします。

sou0912.jpg なぜ発行部数がバブリーなのに赤字ということがありえるのか。そこに出版の問題の根底がある気がしています。

『葬』のコンセプトは「喪主のための実用誌」です。葬儀社で働いていた23歳の頃、死臭と汗にまみれながら、私はこんなことを考えていました。
 ああ、「情報」が「カネ」にすり替わっているなあ、と。
 喪主様はお葬式のことを全く知らず、不安です。そこで葬儀屋は知識とモノを提供し、なかなかの報酬を得ていました。

 良くある構図と言われそうですが、その「情報」、もとは誰のものだったか、ご存知でしょうか。

 葬儀は長らく地域のものであり、その作法も風習も儀式も全てが土地の人たちに受け継がれていました。隣組など近所のおっちゃんたちが取り仕切り、葬儀屋なんて棺桶と祭壇を用意するだけの存在だったのです。
 一人ひとりが地域との連携を保つことの難しくなってきた現代において、葬儀社がその地域の伝統を確保し、必要に応じて公開するようになりました。それは、「地域の人と関わりたくない」という現代人と、葬儀社との相互扶助だったのかもしれません。しかし一方の対象が企業ですから、そこにはカネの流れが生じてきます。それは当たり前の話です。

 なのにあろうことか、「葬式代は高すぎる」と愚痴る人が増えているという話ではありませんか!

 そんなのあんまりです。

「カネ」を払うのが嫌ならば、「情報」を取り戻すのです。いますぐ頼れる喪主を目指すのです!

それが「お葬式DIY」という概念の誕生でした。

 葬儀の場を離れてから出版の道に入り、「そうだ、ミニコミを作ろう!」という思いに至ったときに、このテーマにゆきついたのは必然だったような気がします。どうして「そうだ、ミニコミを作ろう!」という思いに至ったのかは、たいへん長くなるので省きますが、さきほど書いた「出版の根底の問題」が関係しています。知りたい人はコメントを下さい。コメントが多ければ、きっとまたこちらに書かせていただけることと思います。



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