Voice Of Mosakusha Online

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2009年12月アーカイブ

twitterはじめました

破滅派の高橋さんにご案内いただいてtwitterはじめました。

模索舎ホームのURLを貼りたいのですがわかりません。
検索して、フォローしてくださいね〜。

twitterやってる出版社のHPであの水色の鳥マークをみないのだけど、みなさんどう告知するのかしら。
HPとtwitteの補完性がわからん。

12/22(火)・京都のイベントに出店します


cyun new021.1.jpg
KLF木村さんに紹介いただいて、12/22(火)京都のライブイベントにちょっとだけ出店します。




もともと木村さん達がやってるミニコミイベント“PEN AND PAPER”が22日のライブで出店される予定だったところに、模索舎がずいっと!

いつも直前に失礼します。

京都近郊にお住まいの方、ぜひいらしてください








12
22 () 19:00〜  charge : 1000yen (1ドリンク付)
ライブ会場:CAFE INDEPENDANTS
http://www.cafe-independants.com/

 

ART ROCK NO.1 presents SPECIAL ART VOL.9" X'MAS SPECIAL"

 "
LIVE :
DRY RIVER STRING
TURNTABLE FILMS
水瓶
にげたひつじ

DJ :山下善史 (LONDON CALLING)
小山内信介 (SECOND ROYAL RECORDS)

Open 19:00 / Live start 20:00
adv/door : 1000yen (1ドリンク付)

京都のレコードCDショップART ROCK NO.1が主催するライブイベント「SPECIAL ART」の9回目。今回は、ART ROCK NO.12010年に向けて大きな期待を寄せる地元京都の男性ヴォーカル・グループ4組を迎え、少し早いクリスマス・パーティーの装いでお送りいたします。全国的にはまだまだ無名の存在ながらも京都には素晴らしい音楽(歌)を奏でる才能豊かなアーティストがいることを少しでも多くの人に知ってもらいたい!そんな強い思いも込めて今回はドリンク付きで1000円にしました。京都を代表する人気クラブイベント「SECOND ROYAL」「LONDON CALLING」のDJと共にハッピーな一夜をお届けいたします。

2009年。映画へのまなざしを破格に切り返そうとする記念碑的な映画論が刊行されました。革命書としてのドゥルーズ『シネマ』を出発点に、映画と資本の秘められた関係性に迫るアクロバティックな論理によって、読む者に真の知的興奮をもたらしてくれる一冊『シネキャピタル』。果たして、この聞きなれぬ響きを持った名の書物が私たちに提示してくれるものとは、いったい何なのでしょう?
nobody presents "Suddenly" Vol.02は、著者であり気鋭の批評家・廣瀬純氏をゲストに迎え、『シネキャピタル』をめぐる可能性の検証・発展を試みます。世界中が未曾有の経済危機によってうろたえる2009年の年の瀬を、大いに笑い飛ばすための一夜になれば、これ幸い。
上映作品には廣瀬氏と、nobody選定による、『シネキャピタル』をさらに深く理解/誤読するための2本の傑作を御用意。キーワードは「クリシェ」です。乞うご期待!

【上映作品】『喜劇 家族同盟』(1983年、前田陽一監督)
『UNLOVED』(2001年、万田邦敏監督)
【トークゲスト】廣瀬純氏(映画批評家)

【日時】2009年12月26日(土)23:00開場、23:30開映(予定)
【会場】池袋シネマ・ロサ(池袋西口・ロサ会館)
【料金】一般2500円/nobody最新32号持参の場合2000円
・池袋シネマ・ロサ窓口にて、12/12(土)から整理番号つき前売り券発売中。窓口にてnobody最新32号とのセット販売もございます。
・当日券もご用意いたします。
・入場は整理番号付きチケットをお持ちの方を優先させていただきますので、どうぞお早めにご来場ください。
『葬』を読んで、今すぐ頼れる喪主になると同時に出版にも思いをはせてほしい
(文・イラスト=編集発行・おもだか大学)

 『葬』が「ベストミニコミオブザイヤー2009 プレゼンテッドバイ模索舎 ひ。」(勝手に命名)を受賞したということで夢心地です。かなり悩んだ上での、渋々での、いろんな面に目を瞑りながら選んでの受賞と口をすっぱくして言われているんですが(なぜそこまで言われなければならないのか甚だ疑問ではありますが)、それでもたいそうな喜びです。まことにありがとうございます。

 皆さんのおかげで『葬』3号も無事出すことができました。1冊も売れなくともしょうがないと思いながらの出発でしたが、蓋を開けてみれば累計1000部を突破し、え、1000部?! 今、何気なく計算してみたのですが、この瞬間、感動に打ち震えております。でも売上は半分にも満たないのはなぜでしょう。印刷代もペイできてません。M舎スタッフの方から「そろそろ熱海に接待しろ」と再三言われているのですが、赤字では1人も温泉に入れません、この場を借りてお詫びいたします。

sou0912.jpg なぜ発行部数がバブリーなのに赤字ということがありえるのか。そこに出版の問題の根底がある気がしています。

『葬』のコンセプトは「喪主のための実用誌」です。葬儀社で働いていた23歳の頃、死臭と汗にまみれながら、私はこんなことを考えていました。
 ああ、「情報」が「カネ」にすり替わっているなあ、と。
 喪主様はお葬式のことを全く知らず、不安です。そこで葬儀屋は知識とモノを提供し、なかなかの報酬を得ていました。

 良くある構図と言われそうですが、その「情報」、もとは誰のものだったか、ご存知でしょうか。

 葬儀は長らく地域のものであり、その作法も風習も儀式も全てが土地の人たちに受け継がれていました。隣組など近所のおっちゃんたちが取り仕切り、葬儀屋なんて棺桶と祭壇を用意するだけの存在だったのです。
 一人ひとりが地域との連携を保つことの難しくなってきた現代において、葬儀社がその地域の伝統を確保し、必要に応じて公開するようになりました。それは、「地域の人と関わりたくない」という現代人と、葬儀社との相互扶助だったのかもしれません。しかし一方の対象が企業ですから、そこにはカネの流れが生じてきます。それは当たり前の話です。

 なのにあろうことか、「葬式代は高すぎる」と愚痴る人が増えているという話ではありませんか!

 そんなのあんまりです。

「カネ」を払うのが嫌ならば、「情報」を取り戻すのです。いますぐ頼れる喪主を目指すのです!

それが「お葬式DIY」という概念の誕生でした。

 葬儀の場を離れてから出版の道に入り、「そうだ、ミニコミを作ろう!」という思いに至ったときに、このテーマにゆきついたのは必然だったような気がします。どうして「そうだ、ミニコミを作ろう!」という思いに至ったのかは、たいへん長くなるので省きますが、さきほど書いた「出版の根底の問題」が関係しています。知りたい人はコメントを下さい。コメントが多ければ、きっとまたこちらに書かせていただけることと思います。



《12月27日》四谷自由と生存の年末野菜市を開催します!
 
愛住町で毎月定例で開催している無農薬・減農薬野菜即売会のお知らせです。
 
■日時・場所
 
●開催日時:12月27日(日)10時〜16時30分(シンポジウム等のイベントも企画中)
●開催場所:自由と生存の家 新宿区愛住町3番 地下鉄四谷3丁目駅下車徒歩3分
(消防博物館出口を出て交番前を通り次のかどを右折、花屋前の小道に入る)
●    お正月用野菜も用意してます。お昼にお楽しみ餅つき大会あり!
 
主催:自由と生存の野菜市実行委員会

 
愛住町で毎月定例で開催している無農薬・減農薬野菜即売会のお知らせです。
11月8日(日)に開催された、自由と生存の野菜市は、地域の方や関係諸団体のご来場をいただき無事売り切りで終えることができました。当日は100人以上の人出で試食も出尽くすなど活気ある市場となりました。来場者からは「こんな野菜が欲しい」という商品への要望や「次の開催日は何時か」などの問い合わせが寄せられました。
 
さて、前回寄せられた声を参考に12月も定例市を開催させていただきます。今回は、お正月料理の材料も取り揃え、野菜のおいしい食べ方レシピや試食会、持ち寄りでの物品バザーなどを行います。実行委員会・スタッフ・住民一同美味しくて安全な野菜類を取り揃えてみなさまのご退場をお待ちしております。
 
年末を迎え、リストラ、倒産、失業、などにより非正規労働者にとどまらず正規労働者も含め多くの労働者が不安定な生活を強いられています。私たちのもとにも多くの相談が寄せられ日々対応に追われています。野菜市の取り組みは失業や生活破綻におびえるだけではなく、自らが仕事を働く場を興して行きたいという思いを込めて開催されています。都市も地方も貧困化が進んでいる現在、両者が力を合わせて生きる場づくりをすすめて行くことが求められています。みなさん、私たちの取り組
みにご支援とご注目をお願いします。
 
電話090-8562-7953 FAX:03-3373-0180
メール:freeter.jutaku@gmail.com
実行委員会webサイト:http://freeter-jutaku.org/
 
※会場となる自由と生存の家を運営する自由と生存の家実行委員会(NPO法人申請手続中)は、フリーター全般労働組合住宅部会を母体に非正規雇用で働く仲間も安心して暮らすことができる住宅の確保を目標に立ち上げられ活動を展開しています。カンパ等は下記までよろしくお願いします。
 
●振込み口座:ゆうちょ銀行 記号:10250 番号:48022861
 名義 自由と生存の家実行委員会
○他金融機関からの振込み:ゆうちょ銀行 店名:〇二八 店番:028 種目:普通預金 
 口座番号:4802286 名義:自由と生存の家実行委員会


ウメウメ書評 小熊英二『1968』

「普通に美味しい」という言い回しがある。「普通」なのか「美味しい」のかはっきりしろ、と言いたくなる(中野重治調ー出典は忘れたのですが、「思う次第 であります」といった「主体」を放擲したいい廻しは東条や近衛の国会答弁が起源である、と指摘しています。まさに「臣民」的発話主体!)。ようするに、「あ る意味、美味しい」とか「これはこれで”アリ”だよね?」とか「こういうのが好きな人にとっては美味しいんじゃない?」とか、そういう留保やエクスキュー ズ無しに「美味しい」のだが、かといって「ものすごく美味しい」というほどではない、そういう諸条件が重なると「普通に美味しい」というフレーズが産出されていくわけです。で、「不味い」場合は「微〜妙」と言ったりする。かような言い回しをしなければならないほど他人の意見や嗜好(とりわけ味覚など客観 的な評価がし難いもの)を批判したり、対立したりすることに気を使い、神経をする減らしているわけです。

 他人の意見を尊重する、というか無関心であるべき、というリベラリズム、個人間の価値観は比較不可能という価値相対主義、こうした方法論的個人主義を前提に個々人の効用が測定され集計される。
市場経済万能主義の原典とも言える「ワルラス均衡」は、そのまま社会選択上の「パレート最適」をなす。すべては市場が決める。市場は「正義」である、が「正義」を押し付けはしない。買いたくなければ買わなければいい。買わない自由は保障されていることになっている。「ぼくはこういう感性、スゴク好きなんだけ ど、万人受けするかどうかな〜」というのは「つまらないのでこういう原稿をもち込むな」ということをやんわりと表明したい場合の編集者の常套句で、市場はあら ゆるものを数値化し、序列化しつつ、個人の価値観を否定しない。しないどころか「個性」として称揚しさえするー消費行動の主体として。市場経済的自由主義 はそのまま政治的リベラリズムへと横滑りし、さらに道徳的格率となっていく。いまや「政治的ものがいまや道徳の作業領域(レジスター)上演されてい る」(『◆政治的なものについて 』ームフ)のであります。

 ネオリベ社会ではすべてが許されている。あらゆる思考・嗜好が尊重され、リスペクトされ、同時に市場によって「評価」されるー神が死に、「あらゆることが許される」というドストエフスキー的状況?いな、ジジェクが指摘するように、「神の死」にお いては逆説的に「あらゆることが許されない」のだ。あらゆることが禁じられており、ただ一つ、許されていることは「禁欲」だ。「清貧」が称揚され、ジョギ ングとロハスが流行り、他者も私も同様あらゆることが禁じられていることを望むのだ。ー私はいつでもそれを諦める準備ができている。他者が(もまた)それ を手に入れることが(でき)ないという結果を保障される限りは!ー(『◆ロベスピエール/毛沢東  革命とテロル』 p202)。だからこそ、小熊自身がかつて俎上に載せた「草の根保守主義者」たちは、「思想」「イデオロギー」に禁欲的であるどころか、ふりかざしてさえいる (かに見える)「サヨク」、というよりもっと俗に、想像上の「語りをいれたがる団塊オヤジ(そんなのがいればの話だが)」を忌み嫌っているのではなかったか?(『〈癒し〉のナショナリズム 草の根保守運動の実証研究』)。

  すべてが客観的合理的に集計可能ならば、「政治」という固有の領域は存在意義を失う。「客観情勢」が「政治」を規定するなら、「政治」は経済学に還元されてしまう。客観的合理的に判断できない「例外状態」おける「決断」ーシュミットのみならず、経済学をも「複雑性の縮減」で裁断しがちな?システム論です ら、(というかであるがゆえに?)「決断」という契機を重視しているーを抜きにして「政治」の領域は語れない。経済学の道徳化、政治化はなにも市場経済- ネオリベにみられる現象ではない。かつての「社会科学」としてのマルクス主義(「下部構造決定論」「窮乏化論」…etc)もまた、経済が政治を決定する、 という理論構成ではなかったか?市田氏が指摘しているように、「セクト」諸党派はこの経済還元主義を疑うこと、「政治」的領域を、「決断」や「主体性」を 復権させようとすることからから生まれたのではなかったか(「過渡期世界論」「主体性論」「組織論」…etc)?セクトであるなしにかかわらず、 「1968」において賭けられていたのはまさにこの「政治/革命」ではなかったのか?

ー党と党派性が異なるように、思想と思想性は異なる。党がなくても党派性は消滅しないように、思想がないところにも思想性はある(「六八年革命は『存在』しなかった」市田良彦)ー。ネオリベ状況下においては他人 の「思想」をとやかく言ってはならない、リスペクトしなければいけない、という「思想性」が蔓延しているのだ。そのような「思想性」においては、「政治/ 革命」はあらかじめは失敗を約束されているか、はじめから存在していないのだ(「歴史の終焉」「終わりなき日常を生きろ!」)。とすれば、「心理学化」さ れた「歴史社会学」的手法によって「1968」描くことは、二重の誤りをおかすことになりはしないか?「1968」の「政治/革命」を捉え損なうこと、それによって現在の「政治/革命」の不在/不可能性を追認してしまうこと、である。

と言ったことを考えながら『1968』を読んでみてはいかがでしょうか?


●小熊英二関連:いろいろ書きましたが、小熊氏の「歴史社会学」的手法による著作はどれも面白い。

単一民族神話の起源 〈日本人〉の自画像の系譜
〈日本人〉の境界 ──沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで
〈民主〉と〈愛国〉 ──戦後日本のナショナリズムと公共性

などは、『坂野上の雲』がいまさら?プチブームな昨今、あらためて読み返されるべき素晴らしい業績です。
(『司馬遼太郎の歴史観 その「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う』なども参照)


●小熊英二『1968』関連

1968 (上 ) 若者たちの叛乱とその背景
1968 (下 ) 叛乱の終焉とその遺産

情況 2009年12月号 特集=1.小熊英二『1968』 2.日大全共闘とは何か
長崎浩、三上治、高橋順一各氏が書評をよせております。どれも参考になります。特に市田良彦氏の書評は鋭い。以下抜粋。

… 彼らはそれぞれが還元不可能な「個性」をもっている存在、つまり「私はこのように受け取った」と言えばそれを信じるしかない権利主体であるから、本性的に <足し算>を拒む。ゆえにその全体に対しては、これも「一つの視点ですよ」と断りを入れた上で、他所から私の「視点」を被せるしかない。いかに「学問」の 名においてもち込まれようと、小熊はそれをもち込む正当性については、当事者たちを前にして彼らと同じ「心理学」を根拠とするほかないのだ。私はあなたの 視点を否定しません。私の視点は「一つ」の、つまりあなたと同じく「それぞれ」の次元に属する視点にすぎません。所属する時代情況が異なっているだけの。 「それぞれの『一九六八』を否定しない」良心は、小熊の「歴史社会学」を再心理学化する。「心理学」的主体をいくら足し合わせても、大きな同じく「心理 学」的な主体にしかなることはできない。その上での社会学であり、歴史学であり、それらの適用でしかない。P52 「六八年革命は『存在』しなかった」


●カールシュミット関連:「政治」を考える上でやはり欠かせない古典

政治的なものの概念
政治的なものという概念規定は、特に政治的な諸範疇をみいだし確定することによって獲得されうる。すなわち、政治的なものには、それに特有の標識ー人間の思考や行動のさまざまな、相対的に独立した領域、特に道徳的、美的、経済的なものに対して独自の仕方で作用するーがあるのである p14

パルチザンの理論 政治的なものの概念についての中間所見

正戦と内戦 カール・シュミットの国際秩序思想
最近矢部史郎氏が「海賊」について書いています。
情況 2009年12月号 特集=1.小熊英二『1968』 2.日大全共闘とは何か
「現代日本におけるアナキズムとは」
VOL lexicon など)
「海賊」は、反グローバリズム(「海」の秩序)の対抗原理として「国家」(「陸」の秩序)を過大評価してしまう、という陥穽から逃れるための思想的拠点たりえるのか?とか気になる方は一読を!




きょうのチラウラ 12/7

チラシのウラまでチラシ、です。

まとめて報告。

11月某日 『蜜月』の方が来舎。納品は初めて。『蜜月』という実話誌や夕刊タブロイド的タイトルは素晴らしい。「ミニコミ界激震!!模索舎と『蜜月』の蜜月状態」という文字が電車の吊り広告に踊る日を夢みて、蜜月化に邁進しております。

12月某日 葬式ミニコミ『葬3号』ができました。今年の模索舎MVPミニコミ(あくまでも、模索舎スタッフ ひ。の個人的見解です)。ちなみに昨年はぶっちぎり、満票でブスミニコミ『バハマ』(現在お取り扱いしておりません)。『葬』の場合は、審査委員会紛糾のあげく決まったカンジで、選考委員の一部(だれ?)が選考に不満を漏らしたりするような受賞であります。それでもMVPはMVPです。なんにもでませんが。情報誌に掲載された切り抜きを店に張っているラーメン屋みたいで嫌なのですが、先日取材を受けた雑誌『サイゾー』にもMVP(のひとつ)としてあげました。そのうち発売されるはず。

選考理由:
・葬式DIYという発想が素晴らしい。「結婚と葬式は段取りがとても似ています。一方は半年も前から準備して、もう一方は三日ですべて終わらせる」(創刊号より)。なるほど、そのとおり!高齢化社会、老後の不安、格差社会、貧困、などが社会問題化されて久しいのですが、家族制度、地域社会の崩壊と相まって、葬式への関心は高まりつつあると思われます。映画『おくりびと』もヒットしたし。ジミ婚や手づくり結婚式が主流になりつつある昨今、葬式にもDYIの波が?

葬3号』はかかわいいにゃんこが表紙!葬式雑誌らしくないせいか、手に取る客が少ない気がする。MVP受賞後だけにチト残念!
(『葬1号』『葬2号』も発売中!!)

12月某日 『K.F.L』の方が上京する。模索舎は初めて、とのこと。かなり面白い方で、かなり長時間お話をしました。年内には最新号発売予定!!
『K.F.L 1号』『K.F.L 2号』発売中です!!)

●ブブ96には模索舎スタッフ・カシマのステキなマンガが掲載されています。是非ご一読を!!


ホームレス100人の写真展〜神戸幸雄

100nin.jpgホームレスの写真を撮り、半生を語ってもらって15年。
取材総数は300人超。一途な写真家が放つ、はじめての個展。

2010年1月12日(火)〜1月17日(日)
AM11:00〜PM6:00(最終日PM5:00まで)

〒155-0031
世田谷区北沢1-32-3
(井の頭線池ノ上駅より徒歩1分/下北沢駅より徒歩7分)
03-3465-5222
あ〜とすぺ〜すMASUO
「世界の未来がわかるような本を紹介して欲しい」と言われた。どだい無理な話だと思いながらも、「やりましょう」と答える癖がついている。未来を読み通すことはできないが、それを変え(=参加し)てしまえば事後的に正解を確認できる日も来るだろう。
闘争の最小回路ー南米の政治空間に学ぶ変革のレッスン』(廣瀬純、人文書院)は、その名のとおりラテンアメリカの社会運動の最前線を活写しつつ、人々の中に存在する、力の源泉として「最小回路」の可能性を考える。
 南米つながりでもう一冊。『ピノチェト将軍の信じがたく終わりなき裁判─もうひとつの9.11を凝視する』(アリエル・ドルフマン、現代企画室)は、アメリカに支援されてクーデターを起こしてアジェンデ大統領を殺害し、のちにイギリスで逮捕された独裁者ピノチェトに対する裁判の一部始終を、豊かな情感と鋭い問題意識の中で描き出す。
 世界ではいまも独裁政権下の地域が無数にある。たとえばロシア。エリツィン時代に始まった現代のチェチェン侵攻が悲惨を極めたのは、1999年以来のプーチン政権時代だった。民間人の頭上に落とされる爆弾、繰り替えされる人権侵害、10年間に20万人を越えるチェチェン人の死…。
 プーチンはピノチェトのように逮捕され、そしてスーダンのバシルのように
国際法廷で裁きにかけられるべきだ。
 チェチェン侵攻の闇をあばこうとした記者ポリトコフスカヤは、そのプーチ
ンの54歳の誕生日にモスクワの自宅で暗殺された。それまでの日々をつづった『ロシアン・ダイアリー─暗殺された女性記者の取材手帳』(アンナ・ポリトコフスカヤ、NHK出版)は、ロシアで何が起こっているのか、そして、チェチェン侵攻を放置すればどんなことが起こるのかを、私たちに突きつける。抑えた筆致から、ロシアの悲鳴が聞こえる。
 早い話、チェチェンはロシアの植民地である。そしてこの風景はどこかで見たことのあるもので、テレビをつけるとNHKでは本木雅弘主演でドラマ化された「坂の上の雲」が放送されているのを見るとき、日本が朝鮮を強制的に併合して今年が100年目であることは、知らされるだろうか、それとも隠されるのだろうか。過去を見なければ未来も考えられない。
 『司馬遼太郎の歴史観─その「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う』(中塚明、高文研)は、書店を席巻する「司馬本」のなかで叛旗を翻す一冊。「少年の国」と表象される明治日本国家が、その裏側で犯した犯罪を、司馬がどれほどスルーして描いたかを知るために。日露戦争とは明治のプロジェクトXだ。こんなものに「癒され」ている場合ではない。世界は、同時に変革を求めている。

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チェチェン連絡会議の活動報告 ( http://chechennews.org/clc/ )

 私たちは何をやっているのだろう、こんなにチェチェンから遠いところで。
 チェチェンとは、ロシアとトルコ、イランの間に立ちふさがるコーカサス山脈の北側にある小さな民族共和国(日本で言うと県みたいなもの)で、国際的にはロシアの一部として通用している小さな国である。
 このチェチェン共和国が1991年に独立を宣言したために、94年からロシア軍による軍事侵攻が始まり、現在まで紛争が続いている。このチェチェン侵攻は、現代ロシアが抱える最大の問題といっていい。なぜロシアがチェチェンを手放したくないかといえば、それは石油資源うんぬんなどというよりも他の地域を独立させないため、要するにメンツの問題である。
 こんな紛争のために大勢の人の命が失われていることを憂慮した人々が結成したのが「チェチェン連絡会議」。個人が集まり、手弁当でさまざまな集会を企画している。2005年には、チェチェン問題を語らせたら世界的権威のジャーナリスト、アンドレイ・バビツキーを招待し、その後チェチェンの外科医ハッサン・バイエフの招聘にも参画した。
 メールによるニュースレター「チェチェンニュース」も発行しており、常に読者を募集中。(http://chechennews.org/chn/sub.htm を参照)
 しかしとにかく日本ではチェチェンについての関心が薄い! これは右翼/左翼を問わず。大手メディアには「ロシアを批判しない」という不文律でもあるのだろうか。
 現在、もっとも力を入れているのはチェチェン問題についてのアドボカシーと、日本に来ているチェチェン難民に対する支援活動。クルドやイランからの難民もそうだが、2008年に1599人の難民申請者に対して、認定者はわずか57人。わずか0.03%で、ほとんど庇護していないに等しい。こんな現状に異議申し立てをしていきたいと思っている。ぜひご支援を! 連絡先 clc@chechennews.org


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大富亮・チェチェン関連

そして戦争は終わらない 「テロとの戦い」の現場から
チェチェンやめられない戦争 報道されないロシアの現実
プーチニズム 報道されないロシアの現実

チェチェン民族学序説 その倫理、規範、文化、宗教=ウェズデンゲル
プーチン政権の闇 チェチェン戦争/独裁/要人暗殺
チェチェンで何が起こっているのか

〈DVD〉暗殺・リトビネンコ事件

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