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ウメウメ書評ー横光利一と装丁



暑い。ウメウメに書評でも。


工業生産された機械と、横光の小説『機械』の両方が重層的に示す意味を図表表現しようとする意識が、創元社版『機械』での創作文字という表現方法を探らせたのではないかと思う。・・・つまりこの題字は内容としては完全に文章の延長上にあり、横光の表現の一部なのである。
(『本の手帳 6号』p15より)


  「ビニール」版満載のカートを傍らに、4枚/秒のスピードでつまみ上げ、時に止まり、低くうなり声を上げ(この間0.5秒!)、再びもとの作業に戻ってゆく。レコード盤 をプレスする機械さながらの律儀さである。「複製技術時代」においては人もまた「複製」だ。店内そこかしこに複製された「私」がいる・・・。

けだし、人は機械になりきれるものではない。「〜レーベルの〜番台」という無味乾燥なシリアル番号だけに欲情していられますか?え?・・・そ、そりゃまあ「完璧な計算で造られた楽園で ひとつだけ うそじゃない 愛してる」(by Perfume)があればそれにこしたことはないし・・・、できれば複製技術(クローン)で生まれた美少女(綾波レイとか)に「私が守るから」とか言われたら悪い気はしないよね・・・、というか、頼むから言ってくれよ!?な!?・・・が、悲しいかな、現実世界は散文で出来ている。「すべて高貴なものは、稀であるとともに困難である」(by スピノザ)のだ。

 なので、「人間の証明」のためにも?ときには「『ジャケ買い』しちゃったんだけど・・・」、と自嘲と自己愛の入り混じった複合的な微笑を口元にたたえつつ、独り言なのか話しかけているのか俄には判別しがたい乾燥した機械的な口調でつぶやいたりしなければ生きていかれない(れ足す言葉)のだ。それで「家に帰ったら同じのが3枚あったりする」となおのこと人間臭い。それを「腐臭」である、と嗤うそこのあなた!ーあなたこそ、永遠の今を生き続ける「複製」ではないのか?もう一度言う。「ジャケ買い」は「複製技術時代」における「人間の証明」、なのだ!

 ・・・とか横光利一が考えていたかどうかは知らない。が、横光利一は装丁にかなり興味を持っていたらしい(『本の手帳 6号』p6)。「未来派」や「構成主義」など当時のヨーロッパ前衛芸術運動に影響を受けている横光は、『機械』の装丁を佐野繁次郎託した。佐野繁次郎自身もかなり横光から影響を受けていたらしい。横光が死去した1947年以降、佐野の作風はがらりと変わったのだそうです、はい。

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●本の手帳 6号
[2009年3月/A5/64頁/¥1,000+50] 特集=本好きが語る本の蘊蓄詰め合わせ 発行=本の手帳社























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◆佐野繁次郎装幀集成 ――西村コレクションを中心にして
[2008年11月/B5/112頁/¥2,200+110] 編・著=西村義孝 構成=林哲夫 発行=みずのわ出版

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