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 僕は二十歳だった。それが生涯のうち最も美しい時代であったかどうか、記憶は定かではない。ただ、これだけは確かに覚えている。僕は混じりっけ無しに知への途へまさに旅立とうとしていた。いっぱいに広げた翼に風さえ吹いてくれれば……この時にあの嵐がやってきた。「全共闘」という名の大嵐が。これについては今ここでは何も語ることはない。

 以来、何を読んでも、何を見ても、純粋に耽溺することができなくなった。憧れて少年時代を過ごした、数学も、物理学も、また文学も、哲学も、みな遠い擦りガラスを隔てて見るような頼りない姿になってしまった。

こんなふうな旅立ちをしたものだから、たぶんこの時期から、僕は僕の中身を全部意識的に作り変えてきたのだ。幼年時代も少年時代も、それぞれ、標本箱に仕舞い込み、青年時代というものもまた新しいラベルを張り付けて……。

すると、世の中にはずいぶんたくさんの納得のいかない暗点が見つかるようになった。僕は素朴にどうして?どうして? と訊ねて回ったが、誰も取り合ってくれなかった。しつこくすると、仲間外れにされそうで、怖かったので、自分一人の世界に閉じこもり、自問自答を繰り返すようになったしまった。

全共闘時代の早いころに話題になった言葉で、「一事不再議」というのがあった。少年時代の記憶で、これは、イギリスで議会制が始まったころ、(そのころは民会といったと記憶する)民会の決定を、しばしば王権が介入して、これをひっくり返すことがあった。そこで民会がわは、王権に対し、この介入をやめるよう、申し入れし、一事不再議を原則とするように確認させた。弱者の権利や意志を、守る原則であったものが、いつのまにか、弱者の異議申し立てを踏みにじる「決定の安定性」のための原理に変わっていた。え、どうして?
こんなことがよくおこった。

つまり、出発の時期に、素直に信じ、素直に感激したり、肯定する気持ちをなくしてしまった、僕の放浪する魂は、いつも周りを疑い、アラを探し、否定しまわって生きてきた。

何だ、だれも本気じゃないじゃないか。なまけものの、やったふりと、いいわけだらけじゃないのか。レーニン主義者なんてどこに居る?レーニンがやったような自国国家権力の分析をやっていないじゃないか。形だけ、教条主義的に墨守しているだけじゃないか。

こんな時に、吉本隆明ほか、わずかの人々の書くものだけが、100%解かったという意味でなく、納得のいく世界だった。

吉本批判も多かったが、納得いかなかった。本気で読んで、本気で格闘している論者は僕には見えなかった。

少しだけ、本書の宣伝めいたことを言おう。僕は、愚直に『言語・美』を最後まで読み通し、遠山啓から吉本が受け伝えた、構造的数学の精神を方法化したものを、最後まで貫徹させていることを突き止めた。多少手つきがシロートくさいとしても、多少しどろもどろであるとしても、この論述には、きっと意味も価値もある!!そう信じて僕はここに一書を提出する。金銭的な意味でなく、損はさせないぜっ!!

最後にこの場を借りて、伝言。
前著『全共闘』(河出書房新社)(共著)を手に取ってくれた諸兄姉へ。この本の写真家 茜三郎氏は、2004年10月、キンモクセイの咽るような香りに送られて、他界いたしました。享年58歳。党派の大本営発表とも、マスコミの事件報道とも一味違う、内側からの暖かい写真を残してくれた茜氏を覚えておいてください。

著者 柴田弘美 


 



開かれた「構造」 遠山啓と吉本隆明の間

山肌に舞い上がりたちこめる霧のように、吉本の著作にまとわりつく数学の影。終戦直後、遠山啓の特別講義によってもたらされた、数学的構造の意義と力を今、解き明かす。既視感一杯の構造主義から脱出しよう。

目次:第1章 構造への意思/第2章 表出言語空間/第3章 表現作用素/第4章 文体空間/第5章 構成空間/第6章 終章/

[2014年11月/四六H/248頁/¥1,800+144] 著=柴田弘美 発行=アゴレー企画

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