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 私は1965年生まれ。1980年代後半を美術大学で過ごし、それから今まで、展覧会の企画と美術に対する文筆に携わってきました。1980年代は、続く90年代にかけて「雑誌の時代」と言われ、かつてないほど多様な雑誌が創刊、流通した時代です。美術の場でも、戦前から続く「みづゑ」「アトリエ」、戦後まもなく創刊された「美術手帖」「芸術新潮」に加えて、当時数多生まれた、思想やデザイン、建築、ファッションなど、境界を接する他の分野の雑誌の中でも、以前とは明らか異なる方向性の美術批評がなされ始めた時代だったといえるでしょう。本の作り手の意識が大きく変わったことと、書き手の世代交代が一気に加速したことの相乗効果によるものだったのかもしれません。


 その変わり様は、街の書店よりも、広さに限りがある美大の売店の書籍売り場で如実に見られました。入学した頃は目立つ場所に平積みされていた「美術手帖」や「アトリエ」は、何年も経たない内に、新たに創刊された他の雑誌に場所を譲ることになったのです。それを見て、雑誌の移り変わりという事象だけではなく、そこで行われる批評の性質が大きく変わり始めていることを強く感じざるを得ませんでした。


 かつて美術には、批評家が賞賛する作品が一般的に世に受け入れられるという、いわゆる権威付けの性質が確かに存在し、私の学生時代にもまだそれは消えていなかったように思います。作り手と受け手の真剣勝負から生まれた無数の批評。それはもちろん意義の大きなものですが、美術の奥深さは、一部の雑誌が生み出したジャーナリズムではとうてい語り切れるものではなく、私も、美術に関わり始めた当初からそこに強い違和感を感じていました。1980年代以降はそうした功罪が露わになり、批評する側が主導権をもって語るという図式は崩れ、多様な雑誌の中で作り手が発言を始めた時代であったように思われます。そして、インターネットで数多くの作り手が自らを語る現在、いかなる批評がなされるべきかという点について、様々な意見が取りざたされています。


 今あるべき批評とは何か。それを突き詰めるところから、本誌『層造』をつくるモチベーションが生まれました。そして、容易ではない問いに対する答えの一つとして、美術をめぐる事象をなぞるだけではなく、作り手が、作品制作と同じ意識をもって自身の芸術をことばで表現するという、批評誌としては類を見ないこの本の根本が確立されたのです。


 『層造』は、石井隆浩、勝又豊子、菊井崇史、倉重光則、篠原誠司、フランク・フアマンという6名の文章、作品によって構成されています。勝又、倉重は1940年代生まれ、フアマンは50年代生まれ、篠原は60年代生まれ、石井、菊井は80年代生まれ。いずれも日本とドイツで立体造形を発表する石井、勝又、倉重、フアマン、詩と批評に加えて写真を発表する菊井、写真制作と美術批評を行ってきた篠原というように、表現も年齢も異なる6名が討論を重ね、本がかたちづくられました。


 各々は以前より、作品制作だけにとどまらず、自身の表現について、さらには芸術があるべき姿について、制作者の側から真摯に発言を行ってきました。そうした活動をもとにしてつくられた『層造』は、作り手が芸術の根本を問う場でもあります。そしてこの本は、評論集とも作品集とも異なる新たな表現の場となることを目指しています。文章を表すtextと織物を表すtextileは同じ語源を持つ語ですが、6名のことばを、繊維を編むように緊密に織り重ねた時、ことばでも美術でもない別の何かが生まれるという意味を込めて、『層造』という造語を誌名に付けました。それは、ページを単に重ねたものではない、本自体が複製されたオブジェとしてかたちを成した新たな姿でもあるのです。

(『層造』発行人 篠原誠司)

 



層造

目次:SCARECROW〈案山子〉=倉重光則/世界のかたち =篠原誠司/ポートフォリオ=石井隆浩/entwicklungsstufen=フランク・フアマン /記憶を旅する=勝又豊子/心が拡がり、今、ふれる軌跡を尽くすために イ、シ、ト、キ、ノ、ホ、ネ=菊井崇史/

[2014年3月/B5/136頁/¥1,000+80] 発行=ART SPACE出版部

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