2014年5月アーカイブ

たしかな航跡



思想の海に、反権力・反資本主義の航跡を描く-
このような帆を掲げて2011年7月、航思社は出航した。
 

その前年の末、前職の、人権擁護・反差別をうたう人文社会科学系の出版社での2年半におよぶ労働争議で勝利をおさめたが、その矢先に、東日本大震災・福島原発事故が起きた。これまでの日常がいとも簡単に崩れるのを前にして、どうせならやりたいことを、好きなだけ思い切りやろうと決意して、4ヶ月後に創業にこぎつけたのだった。

 左翼出版の一翼を担うべく「反権力・反資本主義」と威勢のいい見得を切ったが、より実直なことをいえば、信念と責任をもって出版し、自らの出版物に決して背かないこと。言説を生み出すことに伴う、これらを含めた一切の責務を全うすること。これを小社の最低限のルールとしている。そして、これが決して上辺の言葉だけに留まることがないことをここで誓いたい。
 

出版においてこうしたことは、ルールとか誓うとかそんな大仰ではなく、あまりに当たり前すぎることではあるが、これが先の争議の教訓でもあり、また大震災・原発事故に接しての思いだった。

 さて、かつては社会的なレベルでの脱政治化や政治的なものの忌避(今になって思うのはこれ自体が右傾化の前兆だったのではないか)が指摘されて久しかった。
 

しかし東日本大震災・福島原発事故をきっかけに、1万5000人が集結した4.10高円寺デモをはじめ、何がしかの「革命」を起こせるのではないかとすら思える状況が現出、今も首相官邸前ではデモ行動が続いているが、一方で、その反動でもあるかのように、安倍政権下でタガが外れて右傾化・排外主義が激しさを増してきてもいる。
(模索舎などを例外として、書店が、売れ行きがいいからと居直って、人目のひくところに嫌中憎韓の「ヘイト本」を所狭しと並べて右傾化に加担、さらに拍車をかけていることについては、これ以上言及しないでおく)

 たんに右傾化にすぎないものに対し、「ヤンキー化(文化)」などのレッテルを貼ることが横行しているが、それが孕んでいる政治性を見えなくさせる悪しき風習の二の舞でしかない。この行為は、政治的なものの忌避であるにもかかわらず、行為それ自体が政治的であり、この場合、分かりやすいものに変えて社会全般に流通させるという一見「良心的」で「ジャーナリスティック」な振る舞いが、結果として右傾化に加担している点で、犯罪的ですらあると思う。

 しかし、脱原発/反原発といい、反ヘイトスピーチといい、シングルイシューのもとで左右の政治性を問わない運動に対しては、どうしても違和感を覚えざるをえない。在特会系のデモに対する「社会的正義」、原発に対する「社会的正義」に政治的なスタンスは関わらないのだろうか? カウンター行動に実行力をもたせるためには、そして首相官邸前行動の規模を大きくし、また維持継続させるためには、政治性を不問にしてよいのだろうか。
 

 在日韓国・朝鮮人の問題には天皇/天皇制が深く関わっており、それ抜きには考えることができないのは事実である。また、先の東京都知事選の細川護煕・小泉純一郎陣営に対して諸手を挙げて支援・支持した左派もいたが、これこそ成果主義にとらわれた「俗情との結託」以外の何ものでもない。小泉の脱原発方針は、首相当時の労働者・貧困層弾圧政策と同じく、電力自由化というネオリベ的発想に根ざしている。
こうした本来根源的・決定的なものとしてあるはずの政治的差異を無視した運動は、超短期的な効果は得られたとしても、所期の目的を果たすことができるとは思えない。「大同団結」の名において抑圧されたものがいずれ、運動にとって致命的なレベルで回帰するだろう。

左翼の運動や言説は、いま一度、原理原則に立ち返るべきではないか。これまで多岐にわたって展開され、蓄積されて肥沃なものとして存在しており、今こそ読まれ、読み直されなければならない。そう思い、「革命のアルケオロジー」というシリーズを考えたのだった。
 

 戦後から80年代までに発表された、あるいはその時期を対象とした、マルクス主義、共産主義、民主主義、大衆反乱、蜂起、革命に関する文献。その第1弾がジャック・ランシエール『アルチュセールの教え』であり、ついで松田政男『風景の死滅 増補新版』である。続刊には、クリスティン・ロス『68年5月とその後』、津村喬『横議横行論』、RAF『ドイツ赤軍(I)1970-1972』などを予定している。

また、現在進行形の言説として小社最新刊の絓秀実『天皇制の隠語』は、「反資本主義」「共産主義の理念」を語るべく、封建制=天皇制を焦点とした日本資本主義論争から、ネグリ&ハートなどの人的資本論までを論じている。

同書をぜひ書店でお手に取っていただければと思う。
そして、小社の出版活動に今後もご注目いただければと願う。

航思社・大村智

 天 皇制の隠語出版記念イベント

日本資本主義論争と文学

 

航思社の刊行物

天皇制の隠語

[2014年4月/四六H/474頁/¥3,500+280] 著=すが秀実 発行=航思社

 

存在論的政治 反乱・主体化・階級闘争

[2014年2月/四六H/572頁/¥4,200+336] 著=市田良彦 発行=航思社

 

風景の死滅 増補新版

[2013年11月/四六H/344頁/¥3,200+256] 《 革命のアルケオロジー2》 著=松田 政男 解説=平沢 剛 発行=航思社

 

アルチュセールの教え

[2013年6月/四六判/324頁/¥2,800+224] 著=ジャック・ランシエール 訳=市田良彦・伊吹浩一・箱田徹・松本潤一郎・山家歩 発行=航思社

 

2011 危うく夢みた一年

[2013年5月/四六判/276頁/¥2,200+176] 著=スラヴォイ・ジジェク 訳=長原豊 発行=航思社

 

共通番号制(マイナンバー)なんていらない 監視社会への対抗と個人情報保護のために

[2012年4月/四六判/176頁/¥1,400+112] 著=小笠原みどり/白石孝 編/著=日本弁護士連合会 発行=航思社

 

デジタル社会のプライバシー 共通番号制・ライフログ・電子マネー

[2012年1月/A5/476頁/¥3,400+272] 編/著=日本弁護士連合会 発行=航思社 (発売元=大学図書)

 






 私は1965年生まれ。1980年代後半を美術大学で過ごし、それから今まで、展覧会の企画と美術に対する文筆に携わってきました。1980年代は、続く90年代にかけて「雑誌の時代」と言われ、かつてないほど多様な雑誌が創刊、流通した時代です。美術の場でも、戦前から続く「みづゑ」「アトリエ」、戦後まもなく創刊された「美術手帖」「芸術新潮」に加えて、当時数多生まれた、思想やデザイン、建築、ファッションなど、境界を接する他の分野の雑誌の中でも、以前とは明らか異なる方向性の美術批評がなされ始めた時代だったといえるでしょう。本の作り手の意識が大きく変わったことと、書き手の世代交代が一気に加速したことの相乗効果によるものだったのかもしれません。


 その変わり様は、街の書店よりも、広さに限りがある美大の売店の書籍売り場で如実に見られました。入学した頃は目立つ場所に平積みされていた「美術手帖」や「アトリエ」は、何年も経たない内に、新たに創刊された他の雑誌に場所を譲ることになったのです。それを見て、雑誌の移り変わりという事象だけではなく、そこで行われる批評の性質が大きく変わり始めていることを強く感じざるを得ませんでした。


 かつて美術には、批評家が賞賛する作品が一般的に世に受け入れられるという、いわゆる権威付けの性質が確かに存在し、私の学生時代にもまだそれは消えていなかったように思います。作り手と受け手の真剣勝負から生まれた無数の批評。それはもちろん意義の大きなものですが、美術の奥深さは、一部の雑誌が生み出したジャーナリズムではとうてい語り切れるものではなく、私も、美術に関わり始めた当初からそこに強い違和感を感じていました。1980年代以降はそうした功罪が露わになり、批評する側が主導権をもって語るという図式は崩れ、多様な雑誌の中で作り手が発言を始めた時代であったように思われます。そして、インターネットで数多くの作り手が自らを語る現在、いかなる批評がなされるべきかという点について、様々な意見が取りざたされています。


 今あるべき批評とは何か。それを突き詰めるところから、本誌『層造』をつくるモチベーションが生まれました。そして、容易ではない問いに対する答えの一つとして、美術をめぐる事象をなぞるだけではなく、作り手が、作品制作と同じ意識をもって自身の芸術をことばで表現するという、批評誌としては類を見ないこの本の根本が確立されたのです。


 『層造』は、石井隆浩、勝又豊子、菊井崇史、倉重光則、篠原誠司、フランク・フアマンという6名の文章、作品によって構成されています。勝又、倉重は1940年代生まれ、フアマンは50年代生まれ、篠原は60年代生まれ、石井、菊井は80年代生まれ。いずれも日本とドイツで立体造形を発表する石井、勝又、倉重、フアマン、詩と批評に加えて写真を発表する菊井、写真制作と美術批評を行ってきた篠原というように、表現も年齢も異なる6名が討論を重ね、本がかたちづくられました。


 各々は以前より、作品制作だけにとどまらず、自身の表現について、さらには芸術があるべき姿について、制作者の側から真摯に発言を行ってきました。そうした活動をもとにしてつくられた『層造』は、作り手が芸術の根本を問う場でもあります。そしてこの本は、評論集とも作品集とも異なる新たな表現の場となることを目指しています。文章を表すtextと織物を表すtextileは同じ語源を持つ語ですが、6名のことばを、繊維を編むように緊密に織り重ねた時、ことばでも美術でもない別の何かが生まれるという意味を込めて、『層造』という造語を誌名に付けました。それは、ページを単に重ねたものではない、本自体が複製されたオブジェとしてかたちを成した新たな姿でもあるのです。

(『層造』発行人 篠原誠司)

 



層造

目次:SCARECROW〈案山子〉=倉重光則/世界のかたち =篠原誠司/ポートフォリオ=石井隆浩/entwicklungsstufen=フランク・フアマン /記憶を旅する=勝又豊子/心が拡がり、今、ふれる軌跡を尽くすために イ、シ、ト、キ、ノ、ホ、ネ=菊井崇史/

[2014年3月/B5/136頁/¥1,000+80] 発行=ART SPACE出版部

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