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以前の記事でパキスタンにおけるイスラーム神秘主義に関係する音楽を多少なりとも概論的に紹介して来た。今回はもう少し踏み込んで、インド・パキスタンにおける伝統的なイスラーム神秘主義音楽伝統の一つ、カウワーリーについて考察を加えてみたいと思う。
古くは13世紀に起源を持つとされるこの音楽伝統は、カウワールと呼ばれる職能の演奏家集団によって今日まで歌い、継承され続けてきた。カウワーリーは、その詩の内容によってジャンル分けされており、神アッラーを讃える内容のものはハムド、預言者ムハンマドへの賛歌はナアト、スーフィー聖者への賛歌はマンカバトと呼ばれている。本来、偶像崇拝が固く禁止されており、神アッラー以外を褒め称える内容の歌があることはそれだけでも奇妙に思われることであるが、スーフィー聖者を尊崇することは様々な地域において民衆レベルで見られる現象であり、ワリー〈神に近しき者〉とも呼ばれるスーフィー聖者を崇拝することにより、神の愛の探求者である彼らの持つカラムkaram(神からの恩恵)に服し、間接的に神の恩寵に与ることを願うのである。そのため、多くの人々は聖者たちの持つ神秘的な力の、文字通りの「ご利益」を得るために、スーフィーたちの元へ集まり、彼らの死後も聖者廟を建て彼らを祭ることによって、次第に「聖者崇拝/聖者信仰」の伝統が確立していくのである。

インド・パキスタンのパンジャーブという地域はその地理的な条件から数多くの偉大な神秘思想家や神秘主義詩人、すなわちスーフィーたちを生み出した。アラブやペルシアのスーフィーたちも巡礼や遊行の果てにインドの地にまで足を伸ばし、彼らの思想はそれまでのインド独自の思想に新たな光を投じるとともに、逆にインドの思想をも貪欲に取り込んでいった。

oar.jpgパンジャーブを代表する偉大なスーフィー詩人をここでいくつか紹介する。
まず、はじめに名前が挙がるのが、シャー・フセインShah Husain(1539-1599)というスーフィー詩人である。バラモンのマードー・ラールMadho Lalという美少年を愛でていたため、マードー・ラール・フセインとも呼ばれる聖者である。ムガル皇帝フマーユーンの時代に生まれた彼は10歳でイスラーム教の聖典クルアーンを暗記し、若い頃からその傑出した知性を発揮していた。シャー・フセインはカーフィーkafiと呼ばれる形式の韻律を持つ短い叙情詩を数多く残した。





rabba mere hal da mahram tun
andar tun hain bahir tun hain rum rum wich tun
tun hain tana tun hain bana subh kujh mera tun
kahe Husain faqir nimana main nahin subh tun
神よ あなたは我が心境を知るお方
あなたは我が裡にも外にもおわします 小さな毛の一本一本にもあなたが
あなたは縦糸 あなたは緯糸 わたしのすべてはあなた
身卑しきファキール〈貧者〉フセインは申します わたしはなく すべてはあなた

この詩について少し解説を加えると、ハールhalという言葉はふつう、「状態」などの意味で使われるアラビア語であるが、スーフィー詩の文脈においては「悟りの状態」を意味する述語としてしばしば使用される言葉である。スーフィーたちは内面的・精神的修行を大変重要視しており、恐らくキリスト教異端のグノーティス〈神の霊的認知〉の思想を強く受け、内在神(人間の内面には元々神が内在している)を強く探求している。「縦糸」「緯糸」という表現は、恐らくシャー・フセインが下級の機織の家庭の出自であるということもあり、身近な光景からの描写を詩の中に織り込んだものと考えられる。縦糸と緯糸を重ねて折り合わせることで全世界を表しており、すなわちこの世界のすべては神によって成り立ち、創られているということを表現している。ファキールfaqirとはアラビア語で「貧者」を意味する言葉であるが、禁欲的で粗衣を身に纏った姿があたかも貧者のように見えるという意味からスーフィーを指す言葉としてもよく使われる。この詩でシャー・フセインは、すべては神によるものであり、自分自身すらも投げ出してすべての愛を神の前に無条件に投げ出している。そもそもイシュケ・ハキーキーishq-e haqiqi(真実の愛)は無条件であり、何らかの見返りを求めぬ純粋な動機による「愛」のことである。世俗的な欲求・欲望をすべて捨て去り、ただ純粋に神を愛する者だけが、真実の愛、つまり神の恩寵と無限なる至高の愛に浸ることが許されるのである。

カウワールたちはこういったスーフィー詩人たちの詩作を代々歌い継ぎ、現在にまで伝えたという意味で非常に重要な役割を果たしたのである。

(文責:音楽雑誌Oar編集長 野上郁哉)



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