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○私的音楽研究その壱



○私的音楽研究その壱

ご専門は何ですか?と聞かれたら、「パキスタン音楽」ということになるのだろうか。正直自分でもよくわからない。

うちの雑誌はよく、「ワールド・ミュージック」やら「民族音楽」の雑誌と言われる。まぁ、的外れではないし、一見する限り正しい見方のように思えるが、私はそんな風に思って作っているつもりは全くない。これっぽっちも。

なぜかというと、元々は私自身ロックや日本のポップスばかり聞いているどこにでもいる少年だったし、今でもロックは大好きだが、大学に進学して南アジア地域(インド亜大陸を中心とした周辺諸地域)の研究をする中で、インド音楽などにも触れるようになり、さらに様々な音楽への興味・関心が広がり、「音楽そのもの」がさらに好きになったからである。よく人から聞かれることなのだが、「やっぱり、民族音楽が好きなんですか?」と聞かれると、ついついムキになって否定してしまう。周りにそういう風に決め付けられるとぶっ壊したくなる悪い癖が昔からある(笑)。違うんです!私は音楽そのものが好きなのであって、決して民族音楽「だけ」を追っかけているわけではないのです!

もし、この国に「ロック好きな人はロック以外聞いてはいけない」「民族音楽が好きな人は民族音楽以外聞いてはいけない」という法律でもあれば別だが、そうではなく、どんな音楽でもすべての人に平等に開かれている。それをセレクトして限定してしまうのはあくまでもその人個人である。だから私はこう考えてしまう。

「ロックが好きだけど、クラシックも好き、だけど、ジャズも好きだし、民族音楽も好き。というかやっぱり私は音楽が好き。これだけ世の中に音楽が溢れているのにわざわざ自分の好きなジャンルを限定して聞かず嫌いをするなんてそんなのは人生の半分を損しているようなもんだ!」

まぁ、こういったわけであのような節操のない音楽雑誌を作っているわけである。

・・・

さて、今回はせっかくなので、私的音楽研究ということでパキスタン音楽について少し紹介してみたい。一口にパキスタン音楽といっても当然他の国と同様、様々な形式・ジャンルの音楽が存在する。インド・パキスタン共有財産である古典音楽から西洋に引けをとらないロックやポップスまで驚くほどの魅力に溢れた音楽文化が咲き乱れている。その中でも今回はOarのNo.002でも紹介したアフガニスタンとの国境沿いの街ペシャーワルでの音楽体験について詳細に語ってみたい。

ペシャーワルはパキスタンのNWFP(北西辺境州)にあるアフガニスタンとの国境沿いの街で、ハイバル・パフトゥンクワ州の州都である。しばしば紛争の舞台ともなり、国際テロ組織アルカーイダやターリバーンの温床ともなっている地域としてニュースなどでもしばしば取り上げれる。住人のほとんどがパシュトゥーン人である彼らの共通語は民族言語であるパシュトゥー語である。
イスラーム教においては、預言者ムハンマドの言行から音楽がしばしばマクルーフ(禁忌すべきもの)として問題視されることがある。ムハンマドの言行録『ハディース』の中に、「太鼓を壊せ」や「預言者が音楽を耳にしたとき両の手で耳を塞いだ」といった記述が見られるからである。しかし、こういった記述は音楽そのものを禁止することを必ずしも明示するものではないし、イスラーム教徒の聖典である『クルアーン』の中にも音楽を禁止するような記述はどこにも見当たらない。それにも関わらず、厳格なイスラーム教徒はそういった記述を根拠に音楽をハラーム(神によって禁止されたもの)として音楽を嫌う傾向がある。ペシャーワルという街もそういった例に漏れず、2002年10月の州総選挙の際に誕生した超保守派のムッタヒダ・マジュリセ・アマルMuttahida Majilis-e Amal(統一行動評議会)が選挙に勝利し州の実権を握るようになると、公的な機関での音楽演奏が禁止され、CDショップの爆破などが黙認された。
政情不安定で、現地の人々にも『ペシャーワルへ行くのはよしたほうがいい』とたびたび言われたが、人間というのはダメといわれると返ってそうしたくなるもので、私もその例に漏れず好奇心を抑えきれずに2008年の取材の際にペシャーワルにも足を踏み込んでしまった。しかし、これによって得られた音楽的収穫は想像以上のものだったということを今になって改めて再認識している。


oar_2_1.jpgペシャーワルに着いた翌日、朝から街中を歩いているとある一人の青年から日本語で話しかけられた。まさかペシャーワルの街中で日本語を耳にするとは思いもしなかったのでだいぶ驚いてしまったが、話をしてみるとどうやら胡散臭い人物ではないらしい。ジャーナリストであるという彼は自分の写真入の身分証を見せてくれ、しばらく街中を案内してくれた。音楽を探してこの街に来たんだということを話すと、彼はある人物のところへ私を連れて行ってくれた。そこで出会ったのが、この時の取材のキーマンとなる人物「プリンス」こと、マヒールッラー・ハーンMahir ullah Khanだった。彼はこの街でThe World Welfare OrganizationというNGOを組織し、“World Probrems”という雑誌も発行している人物だった。彼にペシャーワルの音楽が聞きたいと話すと、早速私を知り合いの古典演奏家のもとへ案内してくれた。



まず最初に出会ったのが、タハマーシュ・ハーンという古典演奏家で、彼はバーンスリー(竹笛)とラバーブという弦楽器の演奏を聞かせてくれた。私がスーフィー音楽(イスラーム神秘主義音楽)を聞きたいとリクエストすると、ペシャーワルに伝わる伝統的な民話をモチーフにした楽曲をいくつか聞かせてくれた。

oar_2_2.jpgその後、今度はとあるカセット・テープ屋に立ち寄った。そこの店先で出会ったのが、ザイヌッラー・ウマルザイーという人物で、彼はチトラーリー・シタールと呼ばれる楽器の演奏家でサウンドプロデューサーでもあった。チトラーリー・シタールはインド古典音楽で広く使われているシタールとは異なり、弦は2本のみで、棹が長くトルコのサズやイランのタンブーラにより形の近いリュート型の楽器である。彼は近くのレコーディング・スタジオで演奏を聞かせてくれ、別れ際にはお土産にと彼がプロデュースをした音楽テープをプレゼントしてくれた。

そして最後に出会ったのが、エージャーズ・サルハディーという演奏家で、彼はサーランギーというヴァイオリンに似た美しい音色を出す擦弦楽器の演奏家だった。この楽器は地域によって若干形状は異なるもののパキスタンだけでなく、インドやネパールでもよく演奏されている。この人はパキスタン国内でも割りと有名な演奏家らしく、Youtubeなどでも彼の演奏を聞くことが出来る。

http://www.youtube.com/watch?v=Ok37vOU7B5M&feature=related


oar_2_3jpg.jpgこれは帰国してから分かったことなのだが、実はこの人の父親はムニール・サルハディーという有名なサーランギーの古典演奏家で、「これは読んでおいた方が良いんじゃない?」といってたまたま教授から手渡されたパキスタンの民俗楽器についてウルドゥー語で書かれた研究書の中に彼の父親であるムニール・サルハディーの写真が掲載されていて本当に驚いた。よくよく考えてみれば、現地では私一人のためにサーランギーを演奏してもらい、その音色に酔いしれることが出来たのだから、非常に貴重で贅沢な体験だったんだなぁとなんとも言えない不思議な気持ちになるのであった。
(文:編集長 野上郁哉)
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