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植草甚一さんについてちょっと語ってみようか。




1908年(明治41年)8月8日、木綿問屋の長男として生まれたある一人の男。名を植草甚一という。後に人をして『元祖雑学王』だとか呼ばれて多くの文化人に影響を与えた「すごいじいさん」である。
私が初めて植草甚一さんに出会ったのは『ジャズ・エッセイ2』(河出文庫、1983年)でのことだった。ジャズ評論家の岩浪洋三さんがこの本で解説を書いているのだが、そこに面白いことが書かれていて、心にグサリと突き刺さったので引用してみたい。

「昔植草氏を訪ねた江戸川乱歩がその蔵書の量をみて、おれより凄いやつがいるといって驚いて帰ったそうだが、一時世田谷の赤堤のお宅は本だらけで置場に困った揚句本を二段に重ねてその上にふとんをしいて寝ていたそうだ。寝床に入ってからでもふとんの下からひょいと本を引っ張り出して読めるから便利だといわれたが、ちょっと真似のしようがない。…」(p.258より)

 1935年27歳の頃から1948年40歳の頃まで東宝の社員として働いた植草甚一さんは、映画や海外小説の評論家として徐々に世の中に知られていくようになっていったが、まさにキチガイなほどの本の蒐集家としても有名である。そんな植草さんの人柄を端的に表したこの文章を読んだときに私はこともあろうか、『自分もこうなりたい!!』と思ってしまったのである。それ以来私も古本キチガイになってしまった(苦笑)。
 
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 少し前に、日本人の哲学者として有名な木田元先生の『闇屋になりそこねた哲学者』(ちくま文庫、2010年)という本をふと好奇心から読んでみた。すると木田先生が特に親しくしていた学者や知識人の中に、ある二人の人物の名前が挙がっていた。そのうちの一人は小野二郎、そしてもう一人は佐伯彰一である。小野二郎さんは1960年に中村勝哉氏とともに晶文社を設立し、晶文社の編集長を務めたことでも有名な人物かと思うが、よくよく考えてみると植草甚一さんの著書の多くがこの晶文社から出版されているのである。つまり、植草甚一さんにとっても小野二郎という人物はまさに「盟友」であったということが見えてくる(ちなみに1968年に晶文社から出版された『モダン・ジャズの発展:バップから前衛へ』には「小野二郎氏に」という献辞が添えられている)。

植草甚一さん.jpg
もう一人、英文学者の佐伯彰一さんは東大を定年退職された後、中央大学で教鞭をとっていたため、木田先生はその関係から同じく中央大学で教鞭をとっていた際に親しくさせていただいていたという。なぜわざわざ佐伯彰一さんの名前を挙げたかといえばつまり、2007年に世田谷文学館で行われた「植草甚一展」の際に販売されたパンフレットに序文を寄せていたのが何を隠そうこの佐伯彰一さんだったからである。
こういったところから、私は哲学者木田元さんと雑文学者植草甚一さんという全く畑の違う二人の人物の意外な「つながり」を感じずにはいられないのである。

先に挙げた植草甚一展の際に発売されたパンフレットには、植草さんが亡くなられる前年、つまり1978年の『ユリイカ』(青土社)の植草甚一特集号に掲載された記事が再収録されているし、同じくパンフレットに掲載されていた原稿写真の中に『血と薔薇』という雑誌に宛てて書いた原稿の写真が掲載されていた(左写真がパンフレット表紙)。『血と薔薇』といえば、フランス文学者の澁澤龍彦が責任編集を務め、三島由紀夫や稲垣足穂、塚本邦雄など錚々たる執筆者を迎えて1968年に創刊された「エロティシズムと残酷の綜合研究誌」だが、植草さんはこんな雑誌にまで記事を執筆していたのだ。よくよく考えてみると確かに植草さんは海外の同性愛モノやマスターベーションなどをテーマに書かれた小説なんかも読んでいたようなので、果たせるかなそのような小説に関する内容の原稿が掲載されていた。こういった「発見」も、もし私が植草さんに触発されて古本の蒐集をしていなかったら決して出来なかったことだなと思い、すっかり嬉しくなったのを覚えている。

さて、植草さんといえば、晶文社から発売されている『スクラップ・ブック』が有名だが、全40巻のうちの第32巻『小説は電車で読もう』(1979年)では作家の筒井康隆氏が解説を書いている。私は特にこの筒井康隆という作家が好きなのだが、彼の著書『みだれ撃ち瀆書ノート』(集英社文庫、1982年)には、この解説文が再録されていて、ああ、こんなところにも植草さんが顔を出していたのかと感動したものだった。
つい最近、ノンフィクション作家として有名な沢木耕太郎の『バーボン・ストリート』(新潮文庫、1989年)というのを購入してパラパラっとページをめくっていたら、目次に目が留まった。「ぼくも散歩と古本がすき」という章があり、ああ、これは植草さんの『ぼくは散歩と雑学がすき』(晶文社、1970年)という著書のタイトルを文字ったものだなと思うと、大当たり。中を読んでみるとやはり植草さんのことが書いてあった。その中で植草さん本人の文章が引用されているのだが、そこで「遠藤」という名前が出てくる。これは植草さんが生前住まわれていた経堂のすずらん通りにある『遠藤書店』という古本屋の名前を指している。今回の雑誌を発行する際に実際に遠藤書店にお邪魔して現在の店長遠藤晃一郎さんにも少しお話を伺ったが、植草さんは週に3度も4度も足を運んだという。
何の因果か、その遠藤書店にもうちの雑誌を置いてもらえることになった。これはきっと神の…いやいや、そんな罰当たりなことはいえない、植草さんのお導きなのだなぁと、ただただ恐れ入る今日この頃である。
(文:編集長 野上郁哉)



植草甚一ぼくたちの大好きなおじさん J・J 100th Anniversary Book

目次:<ロングインタビュー>植草甚一の秘密/植草甚一肉声収録CD付き/他執筆陣:浅生ハルミン/阿部嘉昭/大谷能生/岡崎武志/荻原魚雷/小田晶房 /小田島等/小野耕世/恩田陸/春日武彦/鏡明/岸野雄一/北沢夏音/北山耕平/近代ナリコ/杉山正樹/樽本樹廣/千野帽子/筒井武文/萩原朔美/秦隆司 /福田教雄/前田司郎/安田謙一/山崎まどか/ほか

[2008年8月/B5/173頁/¥2,200+110] 編=晶文社編集部 発行=晶文社

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