ひ。: 2007年6月アーカイブ

レトロ

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書評でも。

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●サザエさんの<昭和>
[2006年8月/A5/245頁/¥1,600+80] 編=鶴見俊輔 斎藤慎爾 発行=柏書房]

-「私は『サザエさん』に「戦後民主主義」の家庭像を見ない。むしろ戦前の理想的な中流家庭を・・・見るのである」(関川夏央)-
-「つまり、『サザエさん』は、わたしに「戦後民主主義」とは違う、「戦後民主主義」が死んでも残る「戦後」というものがあったと感じさせる」(加藤典洋)-
※いずれも本書から引用。

 「昭和レトロ」がブーム、というより、もうブームはとうに終わっていて、「犯罪発生率」「収入格差」等の統計資料を持ち出して、「旧き良き」時代よりも、「世紀末」をも軽々とまたいでしまった現代の方が実は「よりまし」な時代なんですね、追憶は甘美なものかな、という検証をしてみせる、「マッチポンプ」でいうところの「ポンプ」がプチブーム、というところではないでしょうか?
 さて、「サザエさん」である。『サザエさん』といえば、一昔前に謎本が流行った。多くの人に知られていると同時に、よくよく考えると「?」を内包している-この辺が謎本が出来るゆえんであろう。
この『サザエさん』に感じる「?」とは、『サザエさん』という物語がすでに「レトロ」化しているにも関わらず、あいもかわらず「庶民」の物語として流通している、ということに起因している、かのように思われてしまいがちであるが、果たしてそうだろうか? 
『サザエさん』の家庭は「庶民」ではなく「中流家庭」、もっといえば「プチブル」である。猪瀬直樹の分析によれば、関東大震災後、私鉄沿線が東京の西にへと広がり、郊外が成立する。そして『サザエさん』的な中流家庭が誕生する。
『サザエさん』の物語は、「われわれ庶民」の等身大の物語というより、憧れの「プチブル家庭」の物語として受容されていたのかも知れない。同時に、戦争によって破壊された「戦前の理想的な中流家庭」への郷愁を呼び起こす物語でもあった。

『サザエさん』とは、そもそも始めから「レトロ」な物語なのかもしれない。

 年齢を、やや、ばらされてしまいました。もう少し、ZARDなカンジでいたかったのですが、仕方ありません。災いを転じる意味で、年齢が、やや、ばれてしまったことを前提とした上で、書評でも。

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◆族の系譜学 ――ユース・サブカルチャーズの戦後史
[2007年6月/A5/402頁/¥2,600+130] 著=難波功士 発行=青弓社
太陽族からみゆき族、暴走族、アンノン族などの「族」の系譜をたどり、オタク、渋谷系、コギャル、裏原系へという「族から系への転換」を見定めて、若者文化の変容を照らし出す戦後史。(オビより)


 「裏原系」文化(「ショップ」(語尾上げで)「カリスマ」「コラボ」「リスペクト」「ストリート」etc・・・)とは、「ネットワーク・ソシアリティ」の「サブカルチュラル・キャピタル」化である、と著者は分析していて、やや、わかったような気になりました。 
 ミクシイなんかもそうだけど、しんどいよね。「リスペクト」して/「コラボ」して/いなきゃいけない人間関係(Yo-Yo)。ウツだよね?
 売上で悩む「模索舎」も、「裏原系(笑)」(あらゆるものに(笑)をつけて態度を保留してしまう振る舞いについてもこの本で分析されています)をビジネスモデルとして取り入れなければならないのでしょうかね?
 前時代的自意識の持ち主としてはイマイチしんどいのですが、本が売れないとオマンマ食い上げです。

誰か「コラボ」してくれよ!な!?

最後に、「コラボ」「リスペクト」に疲れたアナタにお勧めの一冊を。気合が入ること請け合いです。
“出発(でっぱつ)すっぞ!?”(by特攻《ぶっこみ》の拓)。

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◆REVIVAL版 写真集<暴走族> 止められるか俺たちを
[2005年3月/B5/142頁/¥2,000+100] 編=戸井十月 第三書館
「止められるか、俺たちを」が、十三年の歳月を経て復刻。 ──俺たちのこととやかく言う前に、テメエのこと、どうにかしたら?テメエのことゴマ化してる野郎の言うことなんか、まともに聞けるかよ!

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