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ウメウメ書評ーー「その時、歴史が動いた?」



ウメウメに書評でも。


・・・アウシュヴィッツ起こったことについての説得的な虚構的描写を制作するよりも、アウシュヴィッツのドキュメンタリー作品を観るほうが楽なのは、なぜだろう?ここではアドルノを匡さなければならない。アウシュヴィッツ以後に不可能になったのは詩ではない。むしろ散文が不可能になったのだ。ドキュメンタリーの写実主義は、したがって、虚構に耐えることができなくなった人びとのためにこそある。(『ロベスピエール/毛沢東 ――革命とテロル』 著=スラヴォイ・ジジェク)
 
 実のところ、「髪切ったぁ〜?」と、タモリはそんなには言っていないのである。が、コージー冨田のモノマネ以来、「髪切ったぁ〜?」「痩せたぁ〜?」と、心ないトークをルーチンでこなしているタモリ以外、もはや考えられなくなってしまった。かつてアングラで先鋭的な芸風であったはずのタモリは魂を売り渡し、「アルタスタジオに住んでいる」かと錯覚させるほど日常生活にとけ込んでいる安全な芸人に成り下ってしまった- 「髪切ったぁ〜?」「痩せたぁ〜?」はそんなタモリを批判しているかのようにさえ思える。巧妙なモノマネは批評機能をもつのだ。


 文体模倣の名手、清水義範氏が司馬遼太郎文体で「猿蟹合戦」を描いた『猿蟹合戦とは何か』(『猿蟹合戦とは何か ――清水義範パスティーシュ100 一の巻』収録)は、本家の文体そのもの以上にその文体の特質を際立たせる。

ここで奇妙なものが登場する。
うしのくそ、
である。

 この改行がキモである。読者は、「うしのくそ」でコンマ何秒か読書の速度を止める。モーニング娘。における「。」がそうであるように。わざわざ改行し、読者を「うしのくそ」に注視させる親切さ。

 これはどこかで見たおぼえがある。読んだ、でなく、見た、のである。そう、テレビで見ているのである。司馬遼太郎の文体は、「その時、歴史が動いた」とか「プロジェクトX」とかの娯楽ドキュメント番組の構成に酷似している、というより、娯楽ドキュメント番組を司馬遼太郎が先取りしていたのである。

「その時歴史が動いた」バージョンの 「猿蟹合戦」を想像してみよう。松平アナ(キックのことは忘れよう!)-「ここで奇妙なものが登場します」、やや間があり、「うしのくそ、であります」という松平アナのナレーションとともに画面が切り替わり、「うしのくそ」がテロップ付きで映し出される。

 司馬遼太郎文体で特徴的なのは、時々、というか、かなり頻繁にうんちく語りが挿入されることである。『猿蟹合戦は何か』でも、

佐渡、
というところについて考えようとすると

という具合に突然うんちくをながながと語り始め、

が、これは余談である。

と独りよがりに終わらせてしまうくだりがある。余談かよ、と突っ込みたくもなる。
「その時、歴史が動いた」とかだと、再現映像のあいまにゲストの解説があるのだが、その部分に相当するだろう。
 「再現フィルム→語り」連鎖方式のバラエティだと「それでは映像をどうぞ!」でCMに行き、CM開けでまたもや「それでは映像をどうぞ!」が繰り返される。「民放の宿命」(by久米宏)なので仕方ないのかもしれないが、正直ウザイ。司馬遼太郎の『翔ぶが如く』なんかは新聞連載だったらしく、まとまった単行本で読むと章の変わり目の重複がひどく、正直ウザイ。こういうウザさこそがまさに司馬遼太郎の先駆性を示しているのではないでしょうか?

  柄谷行人が指摘するように、初期司馬遼太郎の歴史観なり視点は、坂口安吾の亜流にすぎない。司馬遼太郎が「戦後」を代表する作家たらしめているのは、戦後的「ねじれ」を体現するこの「文体」にこそあるのではないか?司馬遼太郎文体は、「物語」と「ドキュメンタリー」、「虚構」と「現実」の「あいだ」をすり抜ける。虚構を構築するわけでもなく、現実を受け入れるわけでもない。

  戦後的「ねじれ」知る上で司馬遼太郎の「龍馬がゆく」は必読文献である。が、未読である。正確にいうと読み始めて挫折した。竜馬がカッコよく描かれすぎて鼻白らむ、武田鉄矢の竜馬コスプレ(竜馬なのに博多弁!)がちらついて集中できない、などが主な理由であると思われるが、読むのが苦痛であった。

 なので、『龍馬がゆく』を読まずに批評する。

 『竜馬がゆく』の連載は1962〜66 年である。60年安保という「政治の季節」が終わり、代わって登場した「所得倍増」の池田〜「長期安定政権」佐藤内閣の時代だ。「薩長同盟」「海援隊」という竜馬の事蹟は、そのまま「米ソ冷戦」「貿易立国」を象徴している。「大政奉還」と「竜馬暗殺」が示しているのは「岸内閣退陣」と「安保闘争の敗北」であろう。

 だから竜馬の「夢」はそのまま「戦後日本」の「夢」なのである。ここでいう「夢」とは果たしえなかった「理想」という意味ではなく、「自己正当化」としての夢、もっというと、「虚言症」という意味での「夢」なのである。つまり日本は戦争に勝つつもりでいたのに敗れた、のであるが、敗けてよかった、かのように振る舞うこと、ついこの間まで植民地帝国であったくせに、「侘しく悲しい」「島国」が小舟で世界の荒波に船出するかのようなナルシズムに浸ること、「米ソ冷戦」を巧みに利用しながら独立をかち取り、そのうえ米国の軍事力を利用しながら経済発展に専念する道を合理的判断の上で主体的に選択したような振りをすること、我々は十分に闘った、岸内閣を倒した、それで十分じゃないか、と自らを慰め、生活から政治を変革する(「国民」は「春」「闘う」のだ!」)、という居直りを正当化すること-など、である。これはそのまま「自民党保守本流」「55年体制」の論理である、というよりそれを支えた「国民」の意識なのだ。 
 
 竜馬の英雄化(『竜馬がゆく』以前はそれほどメジャーでなかったらしい)とは、同時に西郷の否認、「革命」と「侵略」の象徴である西郷の抹殺なのだ。「西南戦争」は革命のやり直しであり、西郷の敗北とともに「御維新」は「反革命の時代」へと移行した。「55年体制」から「60年安保」いたる政治的変動もまた「革命のやり直し」であった。「左翼」にとってはGHQによる「上からの革命」のやり直しとして、「右翼」にとっては「自主憲法制定」として。「55年体制」は、自民党は「過半数はとれるけど、3分の2はとれない」、つまり、政権与党ではあり続けるけれども、憲法改正に必要な3分の2はとれない、という絶妙なバランスのうえに成り立っている。「改正条項も含めて護憲派だわな」という故・竹下登の名言がそれを象徴しているだ。「60年安保」の限定的勝利は「大衆的実力行動」を神話化してしまい、「社民」政党への現実的転換を遅らせてしまった、ともいえる。信じてもいない「暴力革命」の看板を下ろせないのだ。自民党は自民党で党是であるはずの「憲法改正」を論じられなくなってしまったのと同様に。

 「永続」に「革命」し続ける西郷と、船に乗って「逃走」する竜馬-。しかし、革靴を履いた竜馬の懐手にある拳銃は、ついに上野の西郷どんに向けられる-そして竜馬が「ぜよ!」と叫んで発砲し、西郷どんは「ごわす!」と呻き、そして、どう、と倒れる-

こんな「虚構的描写」を、司馬遼太郎は、けっしてしない。

(模索舎月報07年2月号の文章を大幅に加筆・修正したものです)。

 

ジジェク.jpg◆ロベスピエール/毛沢東 ――革命とテロル
[2008年5月/文庫/326頁/¥1,200+60] 《河出文庫 シ 6-1》 著=スラヴォイ・ジジェク 訳=長原豊/松本潤一郎 発行=河出書房新社

文庫オリジナル/目次:I 毛沢東---無秩序のマルクス主義的君主/II バティウ---世界の論理/III ロベスピエール---恐怖という「神的暴力」/IV バートルビー(1.グローバル金融の竹篦返し---《スター・ウォーズ》IIIの陥穽/2.しないことが好き---バートルビーの政治)/V 非常事態/ ほか













アドルノ.jpg
◆プリズメン ――文化批判と社会
[1996年2月/文庫/511頁/¥1,350+68] 《ちくま学芸文庫 ア-11-1》 著=T.W.アドルノ 訳=渡辺祐邦・三原弟平 発行=筑摩書房

アドルノの最初の自撰論集、完全新訳。プリズメン――さまざまなプリズムとは、未来からの微弱な光を感じとる鋭敏な精神の探査器を暗示するのか。「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」という命題を含む「文化批判と社会」に始まり、シェーンベルク、ベンヤミン、カフカへと深まる12のエッセイ。












さるかに.jpg
◆猿蟹合戦とは何か ――清水義範パスティーシュ100 一の巻
[2008年12月/文庫/432頁/¥950+48] 《ちくま文庫 し-33-1》 著=清水義範 発行=筑摩書房

文体模倣の大模倣――著者自身が厳選したパスティーシュ100作品を6冊で刊行。表題作の他「猿取佐助」「パウダー・スノー」「笠地蔵峠」「女殺油地獄」「ティンカー・ベルの日記」など文体模倣の17作。自著解説付。

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