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書評でも。

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●サザエさんの<昭和>
[2006年8月/A5/245頁/¥1,600+80] 編=鶴見俊輔 斎藤慎爾 発行=柏書房]

-「私は『サザエさん』に「戦後民主主義」の家庭像を見ない。むしろ戦前の理想的な中流家庭を・・・見るのである」(関川夏央)-
-「つまり、『サザエさん』は、わたしに「戦後民主主義」とは違う、「戦後民主主義」が死んでも残る「戦後」というものがあったと感じさせる」(加藤典洋)-
※いずれも本書から引用。

 「昭和レトロ」がブーム、というより、もうブームはとうに終わっていて、「犯罪発生率」「収入格差」等の統計資料を持ち出して、「旧き良き」時代よりも、「世紀末」をも軽々とまたいでしまった現代の方が実は「よりまし」な時代なんですね、追憶は甘美なものかな、という検証をしてみせる、「マッチポンプ」でいうところの「ポンプ」がプチブーム、というところではないでしょうか?
 さて、「サザエさん」である。『サザエさん』といえば、一昔前に謎本が流行った。多くの人に知られていると同時に、よくよく考えると「?」を内包している-この辺が謎本が出来るゆえんであろう。
この『サザエさん』に感じる「?」とは、『サザエさん』という物語がすでに「レトロ」化しているにも関わらず、あいもかわらず「庶民」の物語として流通している、ということに起因している、かのように思われてしまいがちであるが、果たしてそうだろうか? 
『サザエさん』の家庭は「庶民」ではなく「中流家庭」、もっといえば「プチブル」である。猪瀬直樹の分析によれば、関東大震災後、私鉄沿線が東京の西にへと広がり、郊外が成立する。そして『サザエさん』的な中流家庭が誕生する。
『サザエさん』の物語は、「われわれ庶民」の等身大の物語というより、憧れの「プチブル家庭」の物語として受容されていたのかも知れない。同時に、戦争によって破壊された「戦前の理想的な中流家庭」への郷愁を呼び起こす物語でもあった。

『サザエさん』とは、そもそも始めから「レトロ」な物語なのかもしれない。

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このページは、ひ。が2007年6月12日 19:35に書いたブログ記事です。

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