2007年2月アーカイブ
書評などを。
巷では「2007年問題」が取りざたされております。BSEや鳥インフルエンザ、雪印や不二家など食品会社の不祥事なども影響してか、田舎で農業なんかやりながらリアタイア後の第二の人生を過ごしたいな、と思っている方も沢山いらっしゃることでしょう。あんまりいないかもしれないけど、いることにしていただかないと話が進まないので、ここは曲げて、いる、ということで話を進めましょう。
模索舎にも農業/食関係のコーナーはあって、現代社会における「食」の問題に焦点を当てた本が沢山あります。農業のハウ・ツーものもあります。ある、ていうか、仕入たからあるんじゃん!、というツッミをはさておき、現代の大量消費社会、なにが安全なのか、何を食べるべきなのか?ということを突き詰めて行くと、答え・その一 食べられるものがないので食べない、ということになってしまいます。そうはいかないので、答え・その2 できるだけ加工食品は食べない、ということになり、行き着く所は答え・その三 自分で作るということになるわけです。
農作物であれば、農薬や化学肥料の有無、生産地、遺伝子組み換え等をとりあえずチェックすればいい、というか、よくないのかもしれませんが、いいということにして話を進めます、が、「肉」になると、牛や豚等肉になる動物が何を食べているのかまで気にしなければならない。農薬や保存料などは食物連鎖のより上位にあるものにより大きな問題となる。より安全に食べようとすると、肉は野菜以上によりリスクがありコストがかかる、という問題と、健康・美容問題があいまって、肉を食わない、という選択をしている方が増えているのではないか。肉食はどこか文明社会の腐敗と虚飾の象徴でもある。肉牛一頭育てる飼料で〜人分の命が救えるのだ、という第三世界問題もあいまって肉食にはどこか「罪」のにおいがする。さらに「日本人」の「仏教的」浄穢観がそれを補強している、と推測しているのだが如何に?
「答え・その2 できるだけ加工食品は食べない」を選択した方が肉を食わなくなるのはわかる。しかし、「答え・その三 自分で作る」を選択した方、あるいは選択しようとしている方は肉も自分で作る、つまり家畜を育て自らの手で屠殺する、ということも視野に入れているのであろうか?当然入れている、方もいらっしゃるでしょうが、どうも、自分で作る、の範疇に農産物はあっても肉はあんまり考慮に入れられてないのではないか?「自分、肉が好きなので退職後は田舎で家畜を飼いたいです。自分で屠殺して食いたいです」という方はあまりいらっしゃらないのではないか?実際、「やさしい家畜の飼い方」とか「屠畜の楽しみ」とかゆうたぐいの本はあんまりないのですよ。まあ「第二の人生」派の場合は、年とると肉を食えなくなる、ということに過ぎないのかもしれませんが。
「世界屠畜紀行」(著=内澤旬子 発=解放出版社 2,310円(税込)は屠畜のハウ・ツーもの、ではなくて、アメリカ、イラン、エジプト、韓国、などなど、世界各地の「動物が肉になるまで」のイラスト付きルポです。「屠畜」という作業にスポットを当てつつ、各地域の文化にふれられるし、現代社会において、食とは、生命とは、について考えさせられます。
「血のしたたるステーキ」が富と成功のシンボルであった時代は終わり、チエーンの焼肉屋で輸入牛肉を化学調味料たっぷりなタレで食べてるヤツは「負け組」で、「勝ち組」は無農薬の有機野菜なんか食べているに違いないのだ、という予断と偏見に囚われ、素直に「肉が好きだ」と言えない貴方(おれのことか?)、は、ぜひ一読を! [ひ。]
2月13日。ぼちぼち仕事を終え、帰る準備でもしようかな、というころでした。ひ。さんが私に声をかけてきました。「今から買い物とか行かないの?」「別に。おなかも空いてないし、なんも予定はないですよ。帰るだけです」「本当に買い物の予定はないの?」「はあ???ないって」。しばらくこんなやりとりが続いた後、ようやく気づきました。「あ!明日バレンタインってことね。欲しいってか!」。バレンタインのチョコって、催促するもんじゃねーだろ、とは思いつつ、まあイベントには乗らなきゃソンソン、楽しまなきゃね。つーわけであわててコンビニに走り、買ってきましたチョコ二つ。そしてあげましたよ同僚二人に。
…ここまでやったところで思い出したのは昨年のバレンタインデーです。そういや、昨年もひ。さんに催促されてコンビニに行って、でも、財布の中に数百円しか入ってなくて、それぞれ100円くらいのものしか買えなかったんだよな。
今年も昨年もまったく同じ展開、財布の中身まで同じ展開とはこれいかに。相変わらずというか、進展がないというか、進歩がないというか…。まあ、モサクシャのバレンタインデー事情、ってことでここに報告しておきます。ヤロー二人にオンナ一人の職場、って案外こんなバレンタインが定番だったりして。カカオマス![わた]
2月10日の昨日、とある集会へ出張販売しに行ってきました。「オリンピックはいらない!・検証〜東京招致の問題点」というタイトルだったんですが、スポーツジャーナリストの谷口源太郎さん、長野オリンピックの反対運動をやってらした江沢正雄さん、反天皇制運動連絡会の天野恵一さん、あと都議会議員の福士敬子さん、合計4名が発言される、ってことで、著者本がいくつもあるから、こりゃ売れる!つー目論見で出掛けたわけです。わけです。が、予想を軽く下回りました。
たまに出前には出掛けるのですが、だいたいこの金額以上は売っとかないと、というラインがあるわけです。交通費も出て、参加費も出て、その時間の時給もそこそこ出て、くらいの。で、昨日はですね、計算すると時給は400円くらい…で…まあ、通常なら軽く落ち込むわけですが、集会自体、内容がとっても興味深いものだったので、よっしゃ!とやる気になって帰ってきました。
オリンピックは金まみれだから、ナショナリズムをあおるから、問題だ…てなのは、すぐに思いつく点なのですが、それどころじゃないとんでもない量の問題点を抱えているものだ、システムそのものが腐敗で成り立っているのだ、ということの報告がいろんな視点からされました。
「オリンピックはグロテスクなシステムで成り立っているんです。それは我々の今いる現代社会が凝縮されてるわけです。その問題点を一つ一つクリアにしていくと、我々の社会がいかにグロテスクなものかということも浮き彫りになる。今、オリンピックの問題点を書いた本はたくさん出てるので、調べていくのはおもしろいんじゃないでしょうか」。大枠こんなことを反天連の天野さんがシメに言われたのに触発されました。そっか、オリンピック関連本、読んでみっか。
あと、東京が今、呼ぼうとしているのは2016年のオリンピックなのですが、もう、今から招致活動が始まってるんだとか。興味のある方は主催した「東京にオリンピックはいらないネット」(電話&FAX03-3330-3016)に連絡、そして参加賛同を。[わた]
払暁-粛々と、しかし決然とした跫音が雪道を往く。やがて静寂は破られ、純白の雪は鮮血に染まる-。そう、白地に赤い「日の丸」は血と雪のオマージュである。やがて白と赤は混沌として櫻吹雪(櫻の木の下には屍骸が埋まっている)となって舞い散るのだ!
「雪」と「テロリズム」-美学と政治が交差する地点-に『忠臣蔵』と『2・26事件』はある--。
中野重治は「君らの叛逆する心は/わかれの一瞬に/凍る」(「雨の降る品川駅」)とうたった。「雨の学徒陣」「涙の御堂筋パレード」の「雨-「雨」が叙情をあらわしているとすれば、「雪」は叙情の0℃-つまり流れる叙情の凝固であり、政治への結晶化なのだ!
しかし、まっったく雪ふりませんね(東京地方)。
ここのところアジア主義関連の本に(やや)力を入れております(最近取引を始めた版元「書肆心水」の本が主なのですかね)。
詳しくはリンク「新着入荷アイテム」をご覧になってください!------続きは『模索舎月報』で! (ひ。)
