最近、中古で五枚組のCD買ったんですけどね。
『futura -- poesia sonora』伊クランプスレコードから1989年に発売された、音響詩とかサウンドポエトリーとか言われるもののオムニバス。
ダダや未来派の作品、ほかにもAREAのデメトリオ・ストラトスも聴ける。
こーいうのは、ヒアリングができないと、面白さの50%くらい損っているんじゃないか。いや、そもそも「面白い」のか。
聴きながら、パロールとエクリチュール〜「口もなし舌もなし喉もなし」〜など次々連想させられ、思索してるようなしてないような、してないですね。
私が、音楽的にも楽音的にも語ることが出来ないばかりか印象批評すら不可能だと思うのは、そこには“印象そのもの”しかないからではなかろうか。
